山の上ではなぜ低い温度で水が沸騰する?
気圧が低いと、水が泡になって飛び出しやすくなるからです。富士山頂では約87℃で沸騰します。
87℃
富士山の山頂でお湯を沸かすと、ぐらぐらと煮え立っているのに、温度計は90℃にも届きません。山頂でご飯を炊くと芯が残ってしまう、という話を聞いたことがある人もいるでしょう。
水が100℃で沸騰するのは、私たちがふだん暮らしている平地での話です。沸騰の温度を決めているのは、実は水そのものではなく、水の上にのしかかっている空気なのです。
沸騰は「空気との押しくらべ」
水の表面からは、どんな温度でも少しずつ水の分子が飛び出しています。洗濯物が乾くのはそのためです。温度が上がると、飛び出そうとする勢い、つまり水蒸気の圧力(蒸気圧)がどんどん強くなっていきます。
沸騰とは、水の表面だけでなく、水の中からも水蒸気の泡がぼこぼこと湧き上がる状態です。泡ができるには、水蒸気の圧力が、まわりから押しつぶそうとする空気の圧力に勝たなければなりません。平地の気圧はおよそ1013ヘクトパスカル。水の蒸気圧がちょうどこの値に達するのが100℃なので、平地では100℃で沸騰します。
逆にいえば、上から押さえつける空気が弱くなれば、水はもっと低い温度で泡を作れるようになります。沸点は、気圧しだいで上がりも下がりもするのです。
富士山頂では約87℃
高い場所へ行くほど、頭の上にある空気の層は薄くなり、気圧は下がっていきます。標高3776メートルの富士山頂の気圧は、平地のおよそ3分の2にあたる630〜640ヘクトパスカルほど。ここでは水は約87℃で沸騰します。資料によって86〜88℃と幅があるのは、その日の天気によって山頂の気圧が変わるためです。
さらに高い世界最高峰のエベレスト山頂では、気圧は平地の3分の1ほどしかなく、水は約70℃で沸騰します。煎茶をいれるのにちょうどよいくらいの温度で、お湯がぐらぐら煮え立つわけです。おおざっぱにいえば、標高が300メートルほど上がるごとに、沸点はおよそ1℃ずつ下がっていきます。
沸いているのに、煮えない
料理で大切なのは「沸いているかどうか」ではなく、「何℃か」です。米の芯までやわらかくしたり、じゃがいもに火を通したりするには、十分な温度が必要です。沸騰しても87℃までしか上がらない山頂では、どれだけ煮込んでも思うように火が通らないことがあります。
この現象に悩まされた有名人のひとりが、進化論で知られるチャールズ・ダーウィンです。1835年3月、ビーグル号の航海の途中で南米アンデス山脈を越えたダーウィンは、本人の見積もりで標高3300メートルを下らない場所で野営しました。旅行記によると、じゃがいもを何時間ゆでても固いままで、一晩火にかけておいても煮えなかったといいます。同行者たちは「この新しい鍋のやつ、じゃがいもを煮る気がないらしい」と、鍋のせいにしていたそうです。
圧力鍋は「逆向きの山」
山の上とは反対に、気圧を高くすれば沸点は上がります。それを台所で実現したのが圧力鍋です。ふたで鍋をしっかり密閉すると、中にたまった水蒸気で圧力が高まり、水は100℃を超えても沸騰しなくなります。家庭用の圧力鍋では、中の温度はおよそ120℃に達し、煮込み料理の時間を大きく短縮できます。
圧力鍋の祖先は、1679年にフランス出身の物理学者ドニ・パパンが考案した「蒸気釜(ダイジェスター)」です。実はダーウィンも、アンデスでの失敗について、パパンの釜と逆のことが起きていると旅行記に書き残しています。高い山の山小屋で、ご飯を炊くのに圧力釜が使われることがあるのも、この原理を利用するためです。