原子の中はスカスカ?
原子核は原子の数万分の1の大きさ。ただ周りは電子の「雲」が満たし、空っぽとは言えません。
「原子の中はほとんどが空っぽ」。理科の授業や科学の本で、こんな話を聞いたことはないでしょうか。原子の真ん中に小さな原子核があり、そのまわりをさらに小さな電子が飛び回っている。そのあいだには、何もない空間が広がっている、というのです。
これは、半分は正しく、半分は少し単純化しすぎた話です。どこまでが本当で、どこからが言い過ぎなのか。原子の中の景色を順にのぞいてみましょう。
原子の真ん中にある、ちっぽけな核
原子の大きさは、およそ1000万分の1ミリ。その中心にある原子核は、さらにずっと小さく、直径でいえば原子全体の約2万7000分の1から6万分の1ほどしかありません。
身近な大きさに置き換えてみましょう。原子を直径100メートル、サッカー場の長さほどもある大きな球に拡大したとします。それでも原子核は、直径2〜4ミリほど。巨大な球の真ん中に、ゴマ粒がひとつ浮かんでいるようなものです。
ところが、この小さな原子核に、原子の重さのほとんどが集まっています。原子核をつくる陽子1個は、電子のおよそ1800倍も重いからです。いちばん単純な水素の原子では、重さの99.9%以上を原子核が占めています。
はね返ってきたアルファ粒子
原子核の存在を明らかにしたのは、イギリスのマンチェスター大学にいた物理学者アーネスト・ラザフォードの研究チームです。
1909年、ラザフォードのもとで、ハンス・ガイガーと学生のアーネスト・マースデンは、放射性物質から飛び出す「アルファ粒子」を、薄い金属の箔に当てる実験をしていました。ほとんどの粒子は箔をそのまま通り抜けました。ところが、ごくまれに、大きく向きを変えてはね返ってくる粒子があったのです。その割合は、およそ8000個に1個でした。
当時は、原子はプラスの電気がまんべんなく広がった中に、電子が散らばっているものだと考えられていました。それなら、粒子がはね返ってくるはずはありません。ラザフォードはのちに、この驚きを「薄い紙に向けて大砲の弾を撃ったら、はね返ってきて自分に当たったようなもの」とたとえています。
1911年、ラザフォードは、原子の中心には、プラスの電気と重さが集まった、ごく小さな核があるという考えを発表しました。粒子のほとんどが素通りしたのは、原子の大部分が、核に比べればずっと「すいている」からだったのです。
電子は「小さな粒」ではない
では、原子核と電子のあいだは、本当に何もない空間なのでしょうか。ここで話は少し複雑になります。
20世紀に入って発展した量子力学によると、電子は、原子核のまわりを惑星のように回る小さな玉ではありません。ある瞬間に電子がどこにいるかは決まっておらず、わかるのは「どのあたりで見つかりやすいか」という確率だけです。その確率の広がりは、原子核を包む雲のような形で表されます。
つまり原子の中は、ぽつんと浮かぶ核と点のような電子のあいだに、からっぽの空間が広がっているわけではありません。電子の雲が、原子全体を満たしているのです。「スカスカ」というのは、重さの集まり方だけに注目した、ひとつの見方だといえます。
それでも、手が机をすり抜けないわけ
原子の中がすいているなら、なぜ手は机をすり抜けないのでしょうか。
ひとつの理由は、原子の外側にあるのが、どちらもマイナスの電気をもった電子の雲だということです。近づくと、電気の力で強く反発し合います。さらに量子力学には、「同じ状態に2つの電子が入ることはできない」というパウリの排他原理があり、電子の雲どうしが重なり合うのを防いでいます。物質がつぶれずに形を保っていられるのは、この性質のおかげだと考えられています。