磁石はなぜくっつく?
鉄の中の無数の小さな磁石が、磁石に近づくと向きをそろえ、鉄自身が磁石になって引き合うからです。
770℃
冷蔵庫のドアにメモを留めたり、方位磁針で北を確かめたり。磁石はとても身近な道具ですが、「なぜくっつくの?」と聞かれると、案外答えに困るものです。目に見えない力が、何もない空間を越えて鉄を引っぱる。考えてみれば、なかなか不思議な現象です。
しかも磁石は、くっつく相手を選びます。鉄のクリップには飛びつくのに、アルミ缶や銅でできた10円玉、プラスチックには見向きもしません。その違いをたどっていくと、物質の奥深く、原子の中の電子にまで行き着きます。
力の源は電子
すべての物質は原子でできていて、原子の中には電子があります。実は、この電子一つひとつが、ごく小さな磁石の性質をもっています。物理学では、これを電子の「スピン」と呼びます。コマのような自転にたとえられることもありますが、本当はもっと量子力学的な、電子に生まれつき備わった性質です。
では、なぜ身の回りのすべての物が磁石にならないのでしょうか。多くの原子では、電子が2つずつ逆向きのペアになって、互いの磁石の性質を打ち消し合っています。打ち消されずに残る原子があっても、ふつうは原子ごとにばらばらの方向を向いているので、全体としては磁石になりません。
鉄は「向きをそろえたがる」
ところが、鉄やコバルト、ニッケルなどでは事情が違います。これらの原子にはペアにならない電子があるうえ、となり合う原子どうしが、互いの磁石の向きをそろえようとする強い性質をもっています。この力は「交換相互作用」と呼ばれ、量子力学によってはじめて説明できるものです。
こうして鉄の中には、原子の磁石が同じ方向にそろった小さな区画ができます。これを「磁区」と呼びます。ただし、ふつうの鉄くぎでは、磁区ごとに向きがばらばらなので、外から見ると磁石の性質は打ち消されています。鉄くぎが、それだけではほかの鉄を引きつけないのはこのためです。
近づくと、鉄も磁石になる
磁石を鉄のクリップに近づけると、クリップの中では、磁石の力の向きにそろった磁区が広がっていきます。するとクリップそのものが一時的な磁石になり、磁石のN極に近い側にはS極が、S極に近い側にはN極が生まれます。N極とS極は引き合うので、クリップは磁石に吸いつきます。磁石は鉄を、まず自分と同じ磁石に変えてから引き寄せているのです。
磁石にくっついたクリップに、さらに別のクリップがぶら下がるのも、くっついたクリップが磁石になっているからです。いっぽう、アルミや銅には向きをそろえる性質がほとんどないので、ふつうの磁石にはくっつきません。まったく反応しないわけではなく、ごく弱く引かれたり反発したりしていますが、手で感じとれないほど小さな力です。
冷蔵庫に貼る磁石のような永久磁石は、一度そろえた向きが、外からの力がなくなっても崩れにくいようにつくられた材料です。
熱すると磁石につかなくなる
鉄を熱していくと、ある温度を境に、磁石につかなくなります。鉄の場合、その温度はおよそ770℃。フランスの物理学者ピエール・キュリーの名をとって「キュリー温度」と呼ばれます。熱で原子の揺れが激しくなり、向きをそろえる力に勝ってしまうためです。冷えれば、また磁石につくようになります。
また、棒磁石を半分に折っても、N極だけ、S極だけの磁石はできません。それぞれのかけらが、N極とS極をもつ小さな磁石になります。磁石の性質のおおもとである電子の一つひとつが、すでにN極とS極をそなえた磁石だからです。