玉ねぎを切ると涙が出るのはなぜ?
切ると細胞が壊れて酵素がはたらき、目を刺激する気体の成分が生まれるからです。
カレーにハンバーグ、肉じゃがにオニオンスープ。玉ねぎは、台所で出番の多い野菜の代表です。けれども、刻みはじめてしばらくすると目がしみて、涙がにじんでくる。料理好きの人ほど、何度もこの小さな試練を味わってきたことでしょう。
不思議なのは、丸ごとの玉ねぎをいくら眺めても、においをかいでも、涙は出ないことです。包丁を入れたとたんに、いったい何が起きているのでしょうか。
切る前の玉ねぎは涙を出さない
玉ねぎの細胞の中には、涙のもとになる成分と、それを変化させる酵素が、別々の場所にしまわれています。もとになるのは、硫黄を含むアミノ酸の仲間です。ふだんは両者が出会わないので、何も起こりません。
ところが包丁で細胞が壊されると、二つが混ざり合って反応が始まります。まず「アリイナーゼ」という酵素がアミノ酸を分解し、不安定な物質を作り出します。それがさらに変化して生まれるのが、プロパンチアール-S-オキシドという涙を誘う成分、いわゆる催涙成分です。
この成分は揮発しやすく、すぐに空気中に漂い出て、まな板の上にいる人の目に届きます。目の表面の神経がこれを刺激として感じ取ると、体は異物を洗い流そうとして涙を出します。つまり玉ねぎの涙は、目を守るための反射なのです。玉ねぎにとっても、この刺激は虫や動物にかじられたときの防御になっていると考えられています。
「涙の素」を作る酵素は日本で見つかった
長いあいだ、催涙成分はアリイナーゼのはたらきだけで、いわば自然にできると考えられてきました。この常識をくつがえしたのが、ハウス食品の研究者たちです。
彼らは、アリイナーゼが作り出した物質を催涙成分へと変える、もうひとつの酵素が存在することを突き止めました。「催涙因子合成酵素」と名づけられたこの酵素の発見は、2002年に科学誌『Nature』で発表されます。玉ねぎが人を泣かせる仕組みは、思っていたより一段階複雑だったのです。
この研究は2013年、「人々を笑わせ、そして考えさせる研究」に贈られるイグ・ノーベル賞の化学賞を受賞しました。台所のありふれた悩みから、世界の科学者を驚かせる発見が生まれたわけです。
涙を減らす台所の知恵
仕組みがわかると、涙を減らす工夫にも理由が見えてきます。
ひとつは、玉ねぎを冷やしておくことです。温度が低いと酵素のはたらきが鈍り、催涙成分も空気中に広がりにくくなります。よく切れる包丁を使うのも効果的です。切れ味の悪い刃で押しつぶすように切ると、壊れる細胞が増えて、それだけ多くの成分が生まれてしまいます。換気扇を回して、顔のまわりに成分をためないのも理にかなった方法です。
ちなみに、同じネギの仲間のニンニクを刻んでも、玉ねぎほど涙は出ません。ニンニクも同じアリイナーゼを持っていますが、もとになるアミノ酸の形が少し違うため、できるのは催涙成分ではなく、あの強いにおいのもとになる成分が中心なのです。
「泣かない玉ねぎ」の誕生
酵素の仕組みがわかったことで、涙の出ない玉ねぎを作る道も開けました。ハウス食品は、遺伝子組み換えではない品種改良を重ねて、アリイナーゼの量がとても少ない玉ねぎを育て上げます。こうして生まれた「スマイルボール」は、2015年にテスト販売が始まり、店頭に並ぶようになりました。
切っても涙が出にくく、辛みも少ないので、生のままサラダで食べると甘みがよくわかるといいます。涙の理由を突き止めた研究が、何年もかけて、ついには涙そのものをなくしてしまったのです。