自由形は何で泳いでもいい?
はい。泳ぎ方は自由ですが、潜って進めるのは15メートルまでなどの決まりがあります。
15m
オリンピックの競泳中継で自由形のレースが始まると、選手たちは一人残らずクロールで泳いでいきます。そのせいか、「自由形=クロール」だと思っている人も少なくないでしょう。
けれども、ルールブックを開いてみると、自由形でクロールを泳げとはどこにも書かれていません。名前のとおり、泳ぎ方は本当に自由なのです。
ルールが決めているのは「泳ぎ方」ではない
国際水泳連盟(ワールドアクアティクス)のルールでは、自由形はどんな泳法で泳いでもよい種目とされています。レースの途中で泳ぎ方を変えても構いません。平泳ぎで泳ぎきっても、背泳ぎで泳ぎきっても、ルール上は問題ないのです。
決まりがあるのは、泳法以外の部分です。たとえば、折り返しとゴールでは、体のどこかが壁に触れなければなりません。プールの底に立つだけなら失格にはなりませんが、底を歩いたり蹴ったりして進むことは認められていません。
そしてもうひとつ、大事な決まりがあります。スタートとターンのあと、体が完全に水中に沈んだまま進んでよいのは、壁から15メートルまで。そこから先は、頭が水面上に出ていなければならないのです。
潜ったほうが速い?
なぜ、わざわざ潜る距離が決められているのでしょうか。理由は、水中でのキックが、ときに水面を泳ぐより速いからです。水面を泳ぐと、体の前に立つ波が大きな抵抗になります。ところが水中に潜れば、この波の抵抗を避けられます。両足をそろえて体をうねらせるドルフィンキックを使えば、かなりの距離をすばやく進めてしまうのです。
この問題が大きく注目されたのが、1988年のソウルオリンピックでした。男子100メートル背泳ぎの決勝では、8人中5人がスタート後20メートル以上を潜ったまま進んだといわれ、長い潜水を武器にした鈴木大地選手が金メダルを獲得します。その後、背泳ぎでは潜る距離が制限されるようになり、1991年に現在と同じ15メートルに定まりました。いまでは自由形、背泳ぎ、バタフライのいずれにも、15メートルの制限があります。
それでもクロールが選ばれる理由
泳ぎ方が自由なのに、トップ選手がみなクロールで泳ぐのは、単純にそれが水面でいちばん速い泳ぎ方だからです。クロールは左右の腕で交互に水をかき続けるため、推進力が途切れにくく、体も水面と平行に保ちやすい泳ぎ方です。平泳ぎのように、腕と脚を前に戻す動きのたびに大きくブレーキがかかることもありません。
もっとも、クロールは最初から完成していたわけではありません。19世紀の後半には、腕を交互に水面上へ戻す「トラジオン泳法」がイギリスで広まり、20世紀の初めには、ソロモン諸島出身の少年の泳ぎなどを参考に、オーストラリアで「オーストラリアン・クロール」が生まれたとされます。こうした改良を重ねて、クロールは自由形の主役になっていきました。
オリンピックでは、背泳ぎが1900年のパリ大会から、平泳ぎが1904年のセントルイス大会から、それぞれ独立した種目として行われるようになります。泳法ごとに専用の種目ができたことで、自由形は、事実上いちばん速い泳ぎ方を競う種目になっていったのです。
クロールを知らなかった日本代表
日本人が初めてオリンピックの競泳に出場したのは、1920年のアントワープ大会でした。代表の内田正練と斎藤兼吉は、日本に古くから伝わる古式泳法で自由形に挑みます。けれども、近代的なクロールで泳ぐ外国勢の前に歯が立たず、予選で敗れてしまいました。
この大会の男子100メートル自由形を制したのは、ハワイ出身のデューク・カハナモクです。世界との差を思い知った内田は、帰国後、クロールの普及に力を注ぎました。それから12年後の1932年ロサンゼルス大会では、日本の男子競泳陣が6種目のうち5種目で金メダルを獲得するまでになります。古式泳法からクロールへの切り替えが、わずか十数年で日本を競泳の強国に変えたのです。