五輪マークの色の意味は?
地の白を含めた6色で、世界の国旗をどれでも描けるように選ばれた、と考案者は説明しています。
6色
白地に、青・黄・黒・緑・赤の5つの輪が重なり合うオリンピックのシンボル。世界でいちばんよく知られたマークのひとつといってよいでしょう。
その色の意味について、「青はヨーロッパ、黄はアジア、黒はアフリカ……と、それぞれの色が大陸を表している」という説明を聞いたことがあるかもしれません。ところが、このマークを考えた本人は、まったく別の理由を書き残しています。
クーベルタンが描いた5つの輪
五輪マークを考案したのは、近代オリンピックの生みの親として知られるフランスのピエール・ド・クーベルタンです。1913年、彼は5つの輪を組み合わせたこのデザインを考え、同じ年の8月には国際オリンピック委員会(IOC)の機関誌で紹介しています。翌1914年には、IOCの創設20周年を祝う会議で、このマークの入った旗が披露されました。
輪の並びにも決まりがあります。上の段に左から青・黒・赤、下の段に黄・緑。5つの輪は互いに組み合わさり、ひとつにつながっています。
クーベルタンは、5つの輪について、オリンピックの精神に加わった「世界の5つの地域」を表すものだと説明しました。輪が5つであることには、確かに大陸や地域のイメージが重ねられていたのです。
色は「すべての国旗」のために
では、色はどうでしょうか。クーベルタンは1913年の文章で、次のような趣旨のことを書いています。
白地と組み合わせたこの6色は、例外なく、あらゆる国の国旗の色を再現できる。
彼はその例として、スウェーデンの青と黄、ギリシャの青と白、フランスやイギリス、アメリカ、ドイツ、ベルギー、イタリア、ハンガリーの三色旗、スペインの黄と赤などを挙げ、さらにブラジルやオーストラリア、そして日本や中国の旗にも触れています。日本は、その前年の1912年ストックホルム大会で、オリンピックに初めて参加したばかりでした。
つまり、5つの輪の色と地の白は、当時のどの国の国旗もこの6色で描けるように選ばれたのです。どの国の旗を見ても、その色は必ず五輪旗のどこかに入っていることになります。特定の国や地域を指すのではなく、世界中の国がひとつの旗の中に自分の色を見つけられる。それがクーベルタンの込めた意味でした。
「色=大陸」説はどこから来たのか
それでは、よく耳にする「この色はこの大陸」という説明は、どこから生まれたのでしょうか。
実は、IOC自身が一時期そう説明していたことがあります。1949年から1950年にかけての資料で、青をヨーロッパ、黄をアジア、黒をアフリカ、緑をオーストラリア、赤を南北アメリカに当てはめたのです。けれども、クーベルタンがそのように意図していたという証拠はなく、この説明は1951年に取り下げられました。
現在のオリンピック憲章では、このシンボルは5つの大陸の結びつきを表すとしたうえで、どの輪も特定の大陸を表すものではない、という立場がとられています。輪の「数」には大陸のイメージがあっても、輪の「色」と大陸を一対一で結びつけるのは、後から広まった俗説というわけです。
初めて翻ったのはアントワープ
マークが生まれた直後、世界は第一次世界大戦に突入します。1916年に予定されていたベルリン大会は中止となり、五輪旗が大会で使われる機会はしばらく訪れませんでした。
大会の会場に初めて五輪旗が掲げられたのは、戦争が終わった後の1920年、ベルギーのアントワープ大会でした。戦争で傷ついたばかりの世界に、どの国の色も含んだ旗が掲げられたことになります。それから100年あまり、5つの輪は夏と冬の大会のたびに、開会式の空にのぼり続けています。