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    ラグビーは少年の反則から生まれた?

    有名なエリス少年の話は、50年以上たってから現れた伝説で、確かな証拠は見つかっていません。

    ラグビーの起源として、必ずといっていいほど語られる物語があります。1823年、イングランドの名門校ラグビー校でフットボールをしていたとき、ウィリアム・ウェッブ・エリスという少年が、ルールを無視してボールを腕に抱え、相手のゴールへ走り出した。これがラグビーの始まりだ、というものです。

    ラグビーワールドカップの優勝トロフィーにも、彼の名前がつけられています。けれども、この話はどこまで本当なのでしょうか。

    50年以上たってから現れた話

    この物語が初めて活字になったのは1876年のことです。ラグビー校の校内誌『ミーティア』に、卒業生のマシュー・ブロクサムが手紙を寄せ、ボールを手で持って運んでよいというルールの変化は「エリス、ウェッブ・エリスという名の生徒」から始まった、と書いたのです。1823年の出来事から、すでに50年以上がたっていました。

    しかも、ブロクサムが在学していたのは1813〜1821年で、彼自身はその場面を見ていません。そして当のウェッブ・エリスは、その4年前の1872年に、南フランスのマントンで亡くなっていました。本人に確かめることは、もうできなかったのです。

    証言は見つからなかった

    1895年、ラグビー校の卒業生の会が、この話の真偽を調べました。当時を知る卒業生たちに問い合わせたところ、ウェッブ・エリスという生徒を覚えている人はいたものの、1823年の「事件」を見たという人も、在学中にその話を聞いたという人も、一人もいませんでした。

    それでも会は1897年の報告で、ボールを持って走るプレーは「おそらく」ウェッブ・エリスの行為に由来すると結論づけます。学校には記念の石板も掲げられ、「当時のフットボールのルールを見事に無視して、初めてボールを腕に抱えて走った」と刻まれました。

    れんが壁にはめ込まれた石板に、ウィリアム・ウェッブ・エリスの名と「A.D. 1823」の文字が英語で刻まれている
    ラグビー校の壁にある記念の石板。ウェッブ・エリスが「初めてボールを腕に抱えて走った」と刻まれていますが、それを裏づける当時の証言は見つかっていません。出典: G-Man / Public domain / Wikimedia Commons

    一方、1834年に入学した卒業生で、小説『トム・ブラウンの学校生活』の作者として知られるトマス・ヒューズは、自分が入学したころ、ボールを持って走ることはまだ禁じられていたと証言しています。ロンドン近郊のトゥイッケナムにある世界ラグビー博物館も、卒業生の会の調査では直接の証拠が見つからなかったと紹介しています。現在では、多くの歴史家がこの話を「起源伝説」とみています。

    そもそも「サッカー」はまだなかった

    「サッカーの試合中に」という言い方にも注意が必要です。1823年には、サッカーという競技はまだありませんでした。イングランドの学校はそれぞれ独自のルールで「フットボール」を楽しんでいて、ラグビー校のフットボールでは、飛んできたボールを手で捕ることはもともと認められていました。ただし、捕ったら後ろへ下がらなければならず、ボールを持ったまま前へ走ることは許されていなかったといわれます。

    その後ラグビー校では、ボールを持って走るプレーが少しずつ受け入れられ、1841年ごろには正式に認められました。1845年には生徒3人が、学校のフットボールのルールを書き記して出版します。フットボールのルールが文書として公にされたのは、これが初めてだといわれています。

    分かれ道は1863年

    1863年、ロンドンでフットボール協会(FA)が設立され、統一ルールづくりが始まりました。ところが、ボールを持って走ることや、相手のすねを蹴る「ハッキング」を認めるかどうかで意見が割れ、ブラックヒースなどのクラブは協会を離れます。FAのルールがのちのサッカーへ、そして1871年に21のクラブが集まって結成したラグビー・フットボール・ユニオンが、今日のラグビーへとつながっていきました。

    つまりラグビーは、一人の少年のひらめきから生まれたというより、学校ごとにばらばらだったフットボールが、長い時間をかけて二つの道に分かれていく中で形づくられたものなのです。

    しま模様のれんが造りの校舎の前に、ボールを抱えて走る人物の銅像が立ち、手前の花壇にはトロフィーの形に刈り込まれた植え込みがある
    ラグビー校の校舎と、その前に立つウェッブ・エリスの銅像(左寄り)。手前の植え込みは、2003年のラグビーワールドカップでのイングランド優勝を記念して、優勝トロフィーの形に刈り込まれたものです。出典: Rundvald / CC BY-SA 4.0 / Wikimedia Commons

    それでも、ウェッブ・エリスの物語はいまも愛されています。1997年には、ボールを抱えて走る彼の銅像がラグビー校の前に建てられました。伝説は史実ではなくても、ラグビーという競技の気風を語る物語として生き続けているのです。

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