アルキメデスの「エウレカ」は本当?
風呂の逸話は約200年後に書かれたもので、真偽は不明です。ただし浮力の原理そのものは本物です。
200年
ひらめいた瞬間に叫ぶ言葉として、「エウレカ!」は世界中で知られています。古代ギリシア語で「見つけた!」という意味です。風呂の中で大発見をした古代の天才アルキメデスが、うれしさのあまり裸のまま街を駆け抜けながら叫んだ、という逸話でおなじみでしょう。
でも、この話はどこまで本当なのでしょうか。調べてみると、物語の出どころにも、その「解き方」にも、意外な疑問が見えてきます。
王冠の謎と、あふれた風呂
物語の舞台は、紀元前3世紀のシチリア島の都市シラクサです。王のヒエロン2世は、神殿に捧げるための金の冠を職人に作らせました。ところが、職人が金の一部をくすねて、代わりに銀を混ぜたのではないかという噂が立ちます。冠を壊さずに確かめる方法はないか。王はこの難題をアルキメデスに託しました。
ある日、アルキメデスが湯船に入ると、体が沈むにつれて湯があふれ出しました。これを見て解き方をひらめいた彼は、湯船から飛び出し、裸のまま家へ走りながら「エウレカ!」と叫んだといいます。
物語によれば、彼の解き方はこうです。冠と同じ重さの金のかたまりと銀のかたまりを用意し、水をなみなみと張った容器に順番に沈めて、あふれる水の量を比べる。銀は同じ大きさで比べると金より軽いので、同じ重さなら体積が大きくなります。冠は金のかたまりより多くの水をあふれさせたので、銀が混ざっていることがわかった、というのです。
200年後に書かれた逸話
この話を伝えているのは、古代ローマの建築家ウィトルウィウスが紀元前1世紀後半に書いた『建築について』という本です。アルキメデスが亡くなったのは紀元前212年ごろなので、逸話が書き残されたのは、出来事からおよそ200年もあとということになります。
アルキメデス自身の著作には、この冠の話は出てきません。さらに後の時代の著述家プルタルコスも風呂の発見に触れていますが、短く紹介しているだけです。どちらの書き方からも、この話は当時すでによく知られた言い伝えになっていたことがうかがえます。実際にあった出来事なのか、偉人にまつわる伝説として語り継がれるうちに形ができあがったのか、確かめる方法はありません。
ガリレオの疑問
この逸話には、もうひとつ大きな疑問があります。あふれた水の量を比べる方法では、差が小さすぎて見分けられないのではないか、というものです。
ある試算では、重さ1000グラムで銀が3割混ざった冠と、同じ重さの純金のかたまりを、口の直径が20センチの容器に沈めて比べても、水面の高さの差はわずか0.41ミリほど。あふれる水を集めて量るにしても、当時の道具でこの違いを正確に読み取るのは至難の業です。
1586年、22歳のガリレオ・ガリレイはこの点に目をつけ、『小さな天秤』という小論の中で、ウィトルウィウスの伝える方法は「いわば大ざっぱなもので、科学の精密さからはほど遠い」と書きました。そして、もっと確実な方法を提案します。
天秤の片側に冠を、反対側に同じ重さの純金をつるしてつり合わせ、そのまま両方を水に沈めるのです。銀が混ざった冠は体積が大きいぶん、水から受ける浮力も大きくなり、天秤は純金の側に傾きます。先ほどの試算と同じ条件なら、その差はおよそ13グラム分。これならはっきり見分けられます。ガリレオは、アルキメデス自身が見つけた原理に基づくこの方法こそ、彼が実際に使ったものだろうと考えました。
浮力の原理は本物
風呂の逸話の真偽はさておき、アルキメデスが浮力の法則を見つけたことは確かです。彼の著作『浮体について』には、液体に沈めた物体は、押しのけた液体の重さに等しい力で押し上げられる、という原理が書かれています。いわゆる「アルキメデスの原理」です。
何万トンもある鉄の船が海に浮かぶのも、熱気球が空に昇るのも、この原理で説明できます。2000年以上前に見つかった法則が、今も変わらず世界を動かしているのです。