ガラスは液体?
ガラスは原子が不規則に並んだ「アモルファス固体」です。古い窓ガラスが流れたという話は誤解です。
「ガラスは、実はとてつもなくゆっくり流れる液体なんだよ。その証拠に、何百年も前に作られた教会の窓ガラスは、下のほうが厚くなっている」。雑学の本やテレビ番組で、こんな話を見聞きしたことはないでしょうか。
いかにも本当らしく聞こえる話ですが、結論から言えば、これは誤解です。ただし、まったくの見当違いというわけでもありません。ガラスという物質には、液体と固体のあいだのような、少し変わった顔があるのです。
「下が厚い窓ガラス」の正体
古い窓ガラスに厚さのむらがあるのは本当です。けれどもその原因は、何百年もかけて流れ落ちたからではありません。作られた日から、すでにむらがあったのです。
昔の板ガラスは、職人の手作業で作られていました。代表的なのが「クラウン法」です。溶けたガラスを吹いてふくらませ、それを竿の先で勢いよく回転させて、遠心力で大きな円盤状に広げます。ほかにも、吹いたガラスを筒の形にしてから切り開き、平らにのばす方法がありました。どちらの方法でも、できあがった板は場所によって厚さが均一ではなく、表面にも波打ちやゆがみが残りました。これを切り分けて窓にはめていたのです。
もともと厚さにむらのある板をはめるのですから、下のほうが厚い窓があっても不思議ではありません。一方で、何千年も前に作られたガラスの器が、博物館で形を崩さずに並んでいることも、ガラスが流れない証拠のひとつとして挙げられています。
液体のように並び、固体のようにふるまう
では、ガラスが「液体」と呼ばれることがあるのはなぜでしょうか。
氷や水晶のような結晶では、原子や分子がきちんと規則正しく並んでいます。ところがガラスの中では、原子が液体のように不規則に並んだまま、動けなくなっています。このように、規則正しい並びを持たずに固まった物質をアモルファス(非晶質)固体といいます。
溶けたガラスを冷やしていくと、どろりとした粘り気がどんどん強まり、ある温度を境に、原子がほとんど動けない状態になります。この変化を「ガラス転移」といいます。氷がとけるときのように、ある温度でくっきりと液体と固体が切り替わるわけではないため、物理学ではガラスをどう分類するかが議論されてきました。それでも、常温のガラスは、硬さも形を保つ力も、固体としての性質をすべて備えています。
流れるのに必要な時間は、宇宙の年齢より長い
それでも「ほんの少しくらいは流れているのでは」と考えた研究者たちが、実際に計算をしています。
1998年、ブラジルのサンカルロス連邦大学の材料科学者エドガー・ザノットは、大聖堂の窓ガラスが常温で流れるのにかかる時間を見積もりました。窓ガラスと性質の近い別のガラスで計算すると、その時間は10の32乗年。大聖堂のガラスなら、さらに長くなるというのです。宇宙が誕生してからの約138億年とは、比べものにならない長さです。
2017年には、アメリカのガラスメーカー、コーニング社の研究者たちが、イギリスのウェストミンスター寺院の窓と同じ成分のガラスを作り、その粘り気を実際に測定しました。そこから見積もられた常温での流れる速さは、10億年かけてもわずか1ナノメートルほど。ナノメートルは100万分の1ミリです。人類の歴史どころか、地球の歴史をまるごと使っても、窓ガラスの形はほとんど変わらないことになります。
古い窓ガラスのゆがみは、ガラスが流れた跡ではなく、昔のガラス職人の技術の跡だったのです。