陸上トラックはなぜ左回り?
1913年に国際陸連が左回りを規則にしたとされます。なぜ左なのかは諸説あります。
運動会のかけっこでも、オリンピックの400メートル走でも、トラックを走る選手たちはいつも左へ、つまり時計の針と反対の向きに曲がっていきます。陸上競技のルールには、カーブを含むレースでは「左手が内側になるように」走る、とはっきり書かれています。
あまりにも当たり前で、逆向きに走る姿は想像しにくいかもしれません。けれども、近代オリンピックの最初の大会では、選手たちは右回りに走っていました。
第1回オリンピックは右回りだった
1896年、アテネで開かれた第1回近代オリンピック。陸上競技の会場は、古代の競技場を復元したパナシナイコ・スタジアムでした。オリンピックの記録を集めたデータベース「オリンペディア」によると、このときの組織委員会は、選手を時計回り、つまり右回りに走らせることにしました。当時のイギリスでも、すべてではないものの、右回りのレースが行われることがあったといいます。
このトラックは1周がおよそ330メートルと短く、直線が長いわりにカーブはとても急でした。路面も、やわらかく崩れやすい石炭殻(シンダー)で、走りにくかったと伝えられています。
1913年、左回りがルールに
その後しばらくは、大会によって走る向きがまちまちだったようです。1908年のロンドン大会では、左回りが採用されたとされています。
流れを決定づけたのは、1912年に設立された国際陸上競技連盟(IAAF、現在のワールドアスレティックス)でした。翌1913年、IAAFはトラック競技を左回りで行うことを規則として定めたとされています。以来、世界の公式大会は左回りで行われるようになり、日本陸上競技連盟の規則にも同じ決まりが書かれています。
ただし、肝心の「なぜ左なのか」について、当時の理由をはっきり書き残した資料は見つかっていません。左回りのほうが記録が出やすいと考えられたため、と説明されることもありますが、それを裏づける当時の記録が示されているわけではないのです。
「心臓が左にあるから」は本当?
そのため、左回りの理由として語られる説は、どれも後から考えられたものです。
よく耳にするのが、「心臓が左側にあるので、左回りのほうが体への負担が少ない」という説です。しかし、心臓は胸のほぼ中央にあって、わずかに左に寄っているにすぎません。走る向きで心臓への負担が変わることを裏づける、確かな根拠は示されていません。
もうひとつは、利き手や利き足に注目する説です。右利きの人が多いので、外側になる右の腕や脚を大きく使える左回りのほうが走りやすい、というものです。左足を軸にして体を支え、右足で強く蹴るほうが自然だ、と説明されることもあります。もっともらしく聞こえますが、これも左回りが選ばれた理由として確かめられたわけではありません。どの説も推測の域を出ていない、というのが正直なところです。
左回りの仲間たち
左回りが多いのは陸上だけではありません。スピードスケートも左回りで、自転車のトラックレースも同じです。野球の走者も、一塁、二塁、三塁と左回りにベースを回ります。
一方で、競馬のように、右回りと左回りの両方があるスポーツもあります。もし左回りが誰にとってもはっきり有利なら、競馬場もすべて左回りになっていそうなものですが、そうはなっていません。人がもともと左回りを好むのか、それとも最初の取り決めが受け継がれてきただけなのか。毎日のように見ているトラックの向きにも、まだ答えの出ていない謎が残っているのです。