トマトは野菜?果物?
植物学では果実ですが、農林水産省の分類や毎日の食卓では野菜として扱われています。
1893年
八百屋さんでもスーパーでも、トマトはきゅうりやなすと同じ野菜売り場に並んでいます。ところが、糖度の高い品種は「フルーツトマト」と呼ばれ、果物のように甘いことが売り文句になります。いったいトマトは、野菜なのでしょうか、果物なのでしょうか。
実はこの問いには、ひとつの正解がありません。どんな物差しで分けるかによって、答えが変わってしまうのです。
植物学から見れば「果実」
植物学の立場で考えると、話はわりとはっきりしています。花が咲いたあと、めしべの根もとにある子房がふくらんで、中に種を抱えたものが「果実」です。トマトはまさにこの条件を満たしていて、輪切りにすると、ゼリー状の部分に種がぎっしり詰まっているのが見えます。
この物差しでは、きゅうりやなす、ピーマン、かぼちゃも、みな果実の仲間になります。植物にとって果実は種を運ぶための入れものであり、甘いかどうかや、食後に食べるかどうかは関係ありません。つまり植物学の「果実」と、私たちがふだん言う「果物」は、同じ意味の言葉ではないのです。
裁判所が決めた「野菜」
この違いが本気で争われたのが、19世紀のアメリカです。1883年に定められた関税法では、輸入される野菜には10%の関税がかかる一方、果物は対象外でした。そこで、カリブ海の島々からトマトを輸入していたニックス家が、「トマトは果物だから関税を払う必要はない」と、ニューヨーク港の税関長ヘッデンを相手に訴えを起こしたのです。
裁判は最高裁判所までもつれこみ、法廷では辞書の定義が読み上げられました。1893年に下された判決は、全員一致で「トマトは野菜」というものでした。判決を書いたグレイ判事は、植物学的にはトマトがつる植物の果実であることを認めています。そのうえで示した理由は、おおよそ次のようなものでした。
一般の人々の言葉では、トマトはスープや肉料理と一緒に食卓に出され、デザートとしては出されない。だから野菜である。
法律の言葉は、学問の定義ではなく、ふだんの使われ方に従って解釈する。この「ニックス対ヘッデン事件」は、いまも法律の解釈を考えるときに引き合いに出される有名な判例です。
日本の役所も「野菜」
日本ではどうでしょうか。農林水産省は、トマトをきゅうりやなす、ピーマンなどと同じ「果菜類」に分類しており、れっきとした野菜として扱っています。
農林水産省の考え方では、およそ2年以上栽培する草や木で、実を食べるものが「果樹」です。トマトは種をまいてから1年のうちに収穫を終え、また植えかえて育てるので、野菜の側に入ります。同じ理由で、イチゴやメロン、スイカも分類上は野菜で、**「果実的野菜」**という少し不思議な名前で呼ばれています。一方、栗や梅は木になるので果樹です。
観賞用だった江戸のトマト
トマトのふるさとは南米のアンデス地方です。ヨーロッパを経て日本に伝わったのは、17世紀の半ばごろとされます。江戸幕府の御用絵師だった狩野探幽は、1668年にトマトを写生し、「唐なすび」と書き添えました。少しあとの1709年、貝原益軒の『大和本草』には「唐ガキ」という名前で紹介されています。
ただ、当時のトマトは食べものというより、赤い実を眺めて楽しむ観賞用の植物でした。青くさいにおいも敬遠されたようです。日本で食用として栽培されるようになったのは明治に入ってからで、食卓に広く並ぶようになるのは、品種改良が進んだ昭和に入ってからのことです。