冷蔵庫の前はどうやって冷やした?
冬の氷や雪を「氷室」に蓄え、のちには切り出した天然の氷を入れた木の箱で冷やしていました。
115日
冷たい飲み物に、傷みにくい食べ物。冷蔵庫のおかげで、私たちは季節を問わずその恩恵を受けています。家庭用の電気冷蔵庫が登場したのは、わずか100年ほど前のことです。
それより前の人々は、どうやって物を冷やしていたのでしょうか。答えのひとつは、冬の寒さそのものを夏までとっておく、という大胆な方法でした。
冬の氷を夏までしまっておく
氷をたくわえる「氷室(ひむろ)」の歴史はとても古く、古代メソポタミアでは紀元前1775年ごろ、ある王が手の込んだ氷室を造らせた記録が残っています。
日本でも『日本書紀』に、氷室の話が出てきます。仁徳天皇の時代、皇子が闘鶏(つげ、現在の奈良県天理市)で狩りをしたとき、野に小屋のようなものを見つけました。土地の人に尋ねると、地面を深く掘って草で覆い、冬の氷をたくわえて夏まで使うのだと答えたといいます。平安時代の法令集『延喜式』には、朝廷の氷室が10か所記されています。夏の氷は、ごく限られた人だけが口にできる貴重品でした。
江戸時代には、加賀藩(いまの石川県)が冬の雪を氷室にたくわえ、旧暦6月1日に取り出して江戸の将軍家へ献上していました。これにちなんで、金沢ではいまも7月1日を「氷室の日」と呼び、無病息災を願って「氷室饅頭」を食べる習わしが続いています。
氷を世界に売った「氷王」
19世紀になると、氷は大きな商売になります。その道を切り開いたのが、アメリカ・ボストンの実業家フレデリック・テューダーです。
テューダーは1806年、冬に湖で切り出した氷を、カリブ海のマルティニーク島へ船で運びました。最初は氷をしまっておく倉庫がなく、売れ行きは散々でしたが、やがてキューバのハバナに貯蔵庫を建てて商売を軌道に乗せます。1825年には、馬に引かせて氷を四角いブロックに切り出す道具が考案され、作業の効率が大きく上がりました。
1833年には、インドのカルカッタ(現在のコルカタ)まで氷を届けることに成功します。おがくずで包んで溶けにくくした氷が、赤道を越えて運ばれたのです。航海が115日におよぶこともありました。19世紀末の最盛期には、アメリカの氷産業は推定9万人を雇う一大産業に成長していました。
氷で冷やす「冷蔵庫」
家庭では、切り出した氷を使う「アイスボックス」が広まりました。断熱した木の箱の上の段に氷の塊を入れ、その冷気で下の食べ物を冷やす仕組みです。1802年にアメリカの農夫トマス・ムーアが作ったものが、はじまりとされています。電気冷蔵庫が登場する前は、英語の「リフリジレーター(冷蔵庫)」といえば、この氷の箱のことでした。
日本でも明治から昭和の初めにかけて、木でできた氷の冷蔵庫が使われていました。氷屋から氷の塊を買って上の段に入れ、溶けてしまえばまた買い足す。冷蔵庫は、氷を買い続けて初めて使える道具だったのです。
電気の冷蔵庫がやってくる
機械で冷やす技術の芽は、18世紀からありました。1834年には、アメリカ生まれのジェイコブ・パーキンスが、液体が蒸発するときに熱を奪う性質を利用した冷凍機をイギリスで作ります。いまの冷蔵庫と同じ原理です。
家庭用の電気冷蔵庫が登場したのは1913年のアメリカです。最初は、アイスボックスの上に冷却装置を載せたようなものでした。**本格的に普及したのは、1927年にゼネラル・エレクトリック社が売り出した「モニタートップ」**で、100万台以上が作られました。
日本では1930年、芝浦製作所(現在の東芝)がアメリカの製品を手本に、国産初の電気冷蔵庫を作りました。しかし値段が高く、すぐには広まりません。電気冷蔵庫が白黒テレビ、洗濯機とともに「三種の神器」と呼ばれたのは、1950年代後半のことです。普及率は1965年に5割を超え、1970年代半ばにはほとんどの家庭に行きわたりました。