ボールペンを発明したのは?
最初の特許は1888年のアメリカ人ラウド。実用化したのは、1930年代のハンガリーの新聞記者ビーローです。
キャップを外す、あるいはノックするだけで、すぐに書ける。インクをつぎ足す手間もなく、書いた字もすぐに乾く。ボールペンは、世界でいちばん身近な筆記具といってもいいかもしれません。
ペン先には、直径1ミリ前後の小さな金属の玉がはまっています。紙の上で玉が転がると、その表面についたインクが紙に移る。単純な仕組みですが、これを実用品にするまでには、50年ほどの年月がかかりました。
最初の特許は「革に書くため」
ボールペンの最初の特許を取ったのは、アメリカのジョン・J・ラウドです。1888年のことでした。
ラウドのペンは、筒の先に小さな玉を入れたもので、革や木材、粗い包み紙のようなざらざらした面に印をつけるためのものでした。ところが線が太くかすれやすく、手紙を書くような細かい用途には向きません。結局、商品として売り出されることはありませんでした。
その後も、似たアイデアの特許はいくつも出されます。けれども、インクが薄すぎれば漏れてしまい、濃すぎれば玉のところで詰まってしまう。ちょうどよいインクが見つからないことが、大きな壁でした。
新聞のインクにヒントを得た記者
この壁を越えたのが、ハンガリーの新聞記者ビーロー・ラースローです。1899年にブダペストで生まれた彼は、仕事で毎日のように万年筆を使っていましたが、インクを入れる手間がかかったり、書いた字がにじんだりするのが不満でした。
あるとき彼は、新聞の印刷に使われるインクが、すぐに乾いてにじまないことに気づきます。ただ、このインクは粘り気が強く、万年筆に入れても流れてくれません。そこで兄弟のジェルジと協力し、粘り気のあるインクを、回転する玉を通して紙に送り出す仕組みを考えました。
玉は軸の中のインクにふれていて、紙の上を転がるたびに少しずつインクを運び出します。インクに粘り気があるので、書いていないときは玉がふたの役目をして、漏れにくいのです。ビーロー兄弟は1938年にこの仕組みの特許を取りました。
戦争を逃れてアルゼンチンへ
ところが、ヨーロッパは第二次世界大戦へと向かっていました。ユダヤ系だったビーロー兄弟はハンガリーを離れ、南米のアルゼンチンへ渡ります。1943年にはアルゼンチンで新たに特許を出願し、仲間と会社を作って、ボールペンを売り出しました。
アルゼンチンでは、この商品名から、いまでもボールペンを「ビロメ」と呼びます。イギリスでも、ボールペンのことを発明者の名前から「バイロ」と呼ぶことがあります。イギリス空軍は、飛行機の乗員のためにビーロー式のペンを採用しました。高い空の上では万年筆のインクが漏れやすかったからだといわれます。
高級品から、使い捨ての日用品へ
アメリカでは1945年10月29日、ニューヨークのデパート「ギンベルズ」で、レイノルズ社のボールペンが売り出されました。値段は12ドル50セント。当時としては高級品でしたが、大きな話題を呼びます。
一方、フランスのマルセル・ビックは1950年、透明な軸の安いボールペン「ビック・クリスタル」を発売します。これが世界中で売れ、ボールペンは使い捨てできる日用品になっていきました。
日本には、第二次世界大戦の後、アメリカ軍によって持ちこまれました。1948年にはセーラー万年筆が国産初のボールペンを発売しています。その後、日本のメーカーも新しいボールペンを生み出しました。1984年には、サクラクレパスが世界で初めて水性のゲルインキを使ったボールペン「ボールサイン」を売り出しています。
最初のアイデアはラウド、使えるボールペンにしたのはビーロー兄弟。発明者を一人に決めるなら、多くの場合、ビーローの名前が挙げられます。