ピアノの鍵盤はなぜ88鍵?
作曲家の求めで音域が広がり、19世紀末に人の耳で聞き分けやすい範囲に落ち着いたからです。
27.5Hz
ピアノの鍵盤を数えたことはあるでしょうか。白鍵が52、黒鍵が36、合わせて88。グランドピアノでもアップライトピアノでも、コンサートホールでも小学校の音楽室でも、この数はほとんど変わりません。
それにしても、なぜ88なのでしょう。100でも80でもない、少し中途半端なこの数字には、300年にわたるピアノの進化の歴史が刻まれています。
はじまりは54鍵
ピアノが生まれたのは、1700年ごろのイタリア・フィレンツェです。メディチ家に仕えた楽器職人バルトロメオ・クリストフォリが、弦をハンマーで打つ鍵盤楽器を考案しました。それまでのチェンバロは弦をつめではじく仕組みで、音の強弱をつけることができませんでした。弱い音も強い音も出せることから、この楽器はのちに「ピアノフォルテ」と呼ばれるようになります。
ニューヨークのメトロポリタン美術館に残るクリストフォリの1720年製のピアノは、鍵盤が54しかありません。いまのピアノの6割ほどです。18世紀の終わりごろ、モーツァルトの時代になっても、鍵盤の数は5オクターブ、61鍵前後が一般的でした。
作曲家が広げた音域
その後、ピアノの音域は作曲家たちの要求とともに広がっていきます。新しい楽器が出るたびに、作曲家はその端から端までを使い切り、さらに高い音や低い音を求めました。
ベートーヴェンが1817年にイギリスのブロードウッド社から贈られたピアノは、6オクターブの音域をもっていました。19世紀に入ってリストやショパンが活躍するころには、ピアノは演奏会の主役になり、より大きく、より華やかな響きが求められます。1830年代には7オクターブのピアノが作られはじめ、19世紀半ばには、85鍵のピアノが広く使われるようになりました。
そして19世紀後半、アメリカのスタインウェイ社などが、85鍵の高音側にさらに3つの鍵盤を足した88鍵のピアノを作ります。1880年代から1890年代にかけて多くのメーカーがこれにならい、88鍵が世界の標準になっていきました。
耳が教えてくれた「ちょうどいい」範囲
ではなぜ、そこで拡張が止まったのでしょうか。大きな理由は、人間の耳にあると考えられています。
88鍵ピアノのいちばん低い音は、1秒間に約27.5回振動する音です。いちばん高い音は約4186回。人の耳はもっと低い音や高い音も感じとれますが、この範囲を超えると、音の高さ、つまり「音程」として聞き分けるのが難しくなっていきます。低すぎる音はうなりや振動のように、高すぎる音はキンとした響きのように聞こえ、メロディーや和音としては使いにくくなるのです。
また、88鍵の音域は、オーケストラで使われる楽器のほぼすべての音域を覆っています。作曲家にとっては、ピアノ1台でオーケストラ全体の音域を試せることになり、これ以上広げる必要性はあまり感じられなかったようです。
88鍵より多いピアノもある
とはいえ、88鍵が絶対というわけではありません。オーストリアのピアノメーカー、ベーゼンドルファーの「インペリアル」は、低音側に9つの鍵盤を加えた97鍵、ちょうど8オクターブのピアノです。作曲家でピアニストのフェルッチョ・ブゾーニが、バッハのオルガン曲をピアノ用に編曲する際、オルガンの深い低音を再現したいと求めたことがきっかけだったとされています。
ただし、これらの追加の鍵盤はふだんの曲ではまず使われません。奏者が弾き間違えないよう、黒く塗り分けたり、ふたで隠せるようにしたりした楽器もあります。弾かないときも追加の弦が共鳴して、ピアノ全体の響きを豊かにするといわれています。