オーケストラはなぜ「ラ」で音を合わせる?
「ラ」は弦楽器すべてに共通する開放弦の音だからです。合図の音は、ふつうオーボエが出します。
440Hz
オーケストラの演奏会で、客席の照明が落ちる少し前。舞台の上で、オーボエ奏者がひとつの長い音を吹き始めます。するとそれに続いて、弦楽器や管楽器が次々に同じ音を鳴らし、ホールは一瞬、柔らかな音のかたまりに包まれます。
このとき鳴らされているのは、ほぼ例外なく「ラ」の音です。なぜドでもソでもなく、ラなのでしょう。そして、なぜその役目をオーボエが担うのでしょうか。
弦楽器の「共通の音」
答えの鍵を握っているのは、オーケストラの大部分を占める弦楽器です。弦楽器には、指で押さえずに弾いたときに鳴る「開放弦」の音があります。バイオリンの4本の弦はソ・レ・ラ・ミ、ビオラとチェロはド・ソ・レ・ラ、コントラバスはミ・ラ・レ・ソ。
並べてみると、ラの音はバイオリンからコントラバスまで、すべての弦楽器に共通する開放弦の音だとわかります。まずラの弦を基準の音に合わせ、そこから隣り合う弦を順に合わせていけば、楽器全体の調律ができあがります。オーケストラ全員が一つの音を手がかりにするなら、ラがいちばん都合がよいのです。
なぜオーボエが吹くのか
その基準のラを出すのは、たいていオーボエの首席奏者です。理由として、いくつかの点がよく挙げられます。
ひとつは、音がよく通ること。オーボエの音は倍音を豊かに含んだ、くっきりとした響きで、大勢の楽器の中でも聞き分けやすいのです。もうひとつは、音の高さが安定していること。オーボエの音程は主にリードで決まり、その場で大きく変えることが難しい楽器です。弦楽器のように演奏中に調整できない以上、ほかの楽器がオーボエに合わせるほうが理にかなっています。
歴史的な事情もあります。バロック時代以降、フルートやクラリネット、ホルンなどはオーケストラに入ったり入らなかったりしましたが、オーボエはほとんどの楽曲で編成に含まれていました。いつもそこにいる楽器だったことも、基準役に選ばれた理由と考えられています。ちなみに現在では、多くのオーボエ奏者がチューナー(電子式の音程計)で音を確かめてから、合図のラを吹いています。なお、ピアノ協奏曲のようにピアノが加わる演奏会では、調律をその場で変えられないピアノの音に合わせるのが一般的です。
ラは「440ヘルツ」とは限らない
では、基準のラとはどれくらいの高さなのでしょうか。現在の国際規格では、ピアノの中央付近のラ(A4)を1秒間に440回振動する音、つまり440ヘルツと定めています。1939年にロンドンで開かれた国際会議で推奨され、のちに国際標準化機構(ISO)の規格になりました。
けれども、歴史をさかのぼると、ラの高さは驚くほどばらばらでした。ヘンデルのものとされる1740年の音叉は約422.5ヘルツ、ベートーヴェンの時代、1800年ごろの音叉には約455ヘルツのものもあります。18〜19世紀の音叉やオルガンからは、395〜465ヘルツという幅広いラが見つかっています。19世紀には音の高さが上がり続け、混乱を収めるために、フランス政府が1859年に法律でラを435ヘルツと定めたこともありました。
そして現在も、すべてのオーケストラが440ヘルツで合わせているわけではありません。ヨーロッパ大陸では440〜444ヘルツの幅で合わせることが多く、ニューヨーク・フィルハーモニックは442ヘルツ、ウィーン・フィルハーモニーは443ヘルツで知られます。指揮者カラヤンは、ベルリン・フィルが443〜444ヘルツで合わせたほうが華やかに響くと考えたといわれます。日本のオーケストラでも、442ヘルツ前後が多いとされています。
わずか数ヘルツの違いですが、少し高めに合わせると響きが明るく聞こえる、と考える音楽家は少なくありません。一方、バロック音楽を当時の楽器で演奏する団体は、415ヘルツ前後というずっと低いラを使うこともあります。演奏会の最初に鳴らされるあのラは、その楽団が選んだ「音の高さ」の宣言でもあるわけです。