ムンクの「叫び」は何を叫んでいる?
叫んでいるのは人物ではなく「自然」です。人物は自然を貫く叫びを聞き、耳をふさいでいるとされます。
4点
うねるような赤とオレンジの空、暗い青のフィヨルド。手すりのある道の上で両手を頬に当て、目と口を大きく開いた人物。ノルウェーの画家エドヴァルド・ムンクの『叫び』は、絵文字やパロディにもなり、美術館に足を運んだことのない人でも知っている一枚です。
あの人物は、何をそんなに叫んでいるのでしょうか。実は、ムンク自身の書き残した言葉を読むと、叫んでいるのはこの人物ではない、という答えが浮かび上がってきます。
夕暮れの散歩で聞いた「叫び」
ムンクは、この絵のもとになった体験を何度も文章にしています。1892年1月22日の日付があるメモには、おおよそ次のようなことが書かれています。
ある夕方、道を歩いていた。片側には町があり、下にはフィヨルドが広がっていた。疲れて気分が悪かった。立ち止まってフィヨルドを眺めると、日が沈み、雲が血のように赤く染まっていった。自然を貫いていく叫びを感じた。その叫びが聞こえたような気がした。
のちに書かれた別の文章では、二人の友人と歩いていたこと、友人たちは先へ行ってしまい、自分は不安に震えながら立ち尽くしたことが記されています。そしてやはり、「自然を貫く果てしない叫び」を感じたと書いています。
叫んでいるのは「自然」
この文章にしたがえば、叫んでいるのは人物ではなく、まわりの自然そのものです。人物は、空や海を震わせる叫びを聞き、それに耐えかねて耳をふさいでいる。そう読むのが、ムンクの言葉に沿った解釈だとされています。
実際、ムンクがこの絵を初めて発表したとき、ドイツ語で付けた題は『自然の叫び』でした。ノルウェー語の題『スクリーク(叫び)』だけを見ると人物が叫んでいるように思えますが、もともとの題には、叫びの主がはっきり示されていたわけです。
場面のモデルになったのは、オスロ(当時のクリスチャニア)の街とオスロ・フィヨルドを見下ろすエーケベルグの丘の道だと考えられています。あの赤い空については、1883年のクラカタウ火山の大噴火のあと、世界各地で夕焼けが異様に赤く見えた記憶ではないかという説や、北欧で見られる真珠母雲という珍しい雲を描いたのではないかという説もあります。
1枚ではない『叫び』
『叫び』という作品は、実は1枚ではありません。1893年に描かれた油彩・テンペラ・パステルによる作品(オスロ国立美術館所蔵)、同じ1893年に描かれたもう1点(ムンク美術館所蔵)、1895年のパステル画、そして1910年ごろのテンペラ画。絵の具やパステルで描かれたものだけで4点あり、ほかに1895年に作られた石版画もあります。
1895年のパステル画には、ムンク自身が額縁に例の詩を書き込んでいます。この作品は2012年にニューヨークで競売にかけられ、約1億2000万ドルで落札されました。当時、公開の競売で取引された美術品としては史上最高額でした。
空に書かれた小さな落書き
オスロ国立美術館の1893年版には、もうひとつ興味深い秘密があります。左上の赤い空の中に、鉛筆で小さく「狂人にしか描けない!」という意味のノルウェー語が書き込まれているのです。
長いあいだ、この書き込みは絵を見た誰かのいたずらではないかと考えられてきました。ところが2021年、美術館が赤外線撮影などで筆跡を調べた結果、ムンク本人の字であることが確かめられました。1895年にノルウェーでこの絵が展示された際、画家の精神状態を疑うような批判が出たことがあり、それを受けてムンク自身が書き込んだのではないかとみられています。
自然の叫びを聞いて立ちすくむ人物と、自分を「狂人」と書いた画家。『叫び』は、ムンクが抱えていた不安そのものを描いた絵だったのかもしれません。