速すぎて禁止された水着がある?
あります。世界記録を連発した全身を覆う高速水着は、2010年から国際大会で使えなくなりました。
43個
競泳の選手は、0.01秒を縮めるために何年も練習を重ねます。ところが2008年から2009年にかけて、世界記録が驚くほどのペースで次々と塗り替えられる、異様な時期がありました。
その原因として注目されたのは、選手の泳ぎではなく、選手が着ていた水着でした。あまりに速く泳げてしまうことから、とうとう国際大会で禁止されてしまった水着があるのです。
2008年、記録ラッシュの始まり
2008年2月13日、水着ブランドのスピード(Speedo)が新しい競泳水着「レーザー・レーサー(LZR Racer)」を発表しました。オーストラリア国立スポーツ研究所やNASA(アメリカ航空宇宙局)の風洞施設などの協力を得て開発されたもので、ナイロンと合成樹脂のポリウレタンを組み合わせた生地でつくられていました。皮膚と水がこすれる抵抗は、それまでのスピードの水着より24%減ったといいます。
効果はすぐに表れました。発売から1週間のうちに、この水着を着た選手が次々と世界記録を出したのです。同じ年の北京オリンピックでは、競泳の金メダルの94%がレーザー・レーサーを着た選手のものとなり、生まれた25個の世界記録のうち23個がこの水着によるものでした。
日本でも大騒ぎに
日本でも、この水着は大きな騒ぎになりました。当時の日本水泳連盟は、国内のミズノ、デサント、アシックスの3社と水着の契約を結んでいて、スピードの水着を着ることは想定されていなかったのです。
ところが2008年6月のジャパンオープンで、レーザー・レーサーを着た選手たちが、大会で生まれた17の新記録のうち16を出しました。北島康介選手も、この水着で男子200メートル平泳ぎの世界記録を更新します。結果を見た日本水泳連盟は6月10日、北京オリンピックでの着用を認めると発表しました。北島選手はその北京大会で、100メートルと200メートルの平泳ぎで金メダルを獲得しています。
「プラスチック大会」と呼ばれた世界水泳
競争はさらに過熱します。2009年には、ほかのメーカーも、ポリウレタンをさらに多く使った全身水着を次々と送り出しました。ポリウレタンの水着は体を浮きやすくする効果があったとされ、記録はさらに伸びていきます。
2009年7月にイタリアで開かれた世界水泳ローマ大会では、約43個もの世界記録が生まれました。この大会は、皮肉をこめて「プラスチック・ゲームズ」とも呼ばれています。男子200メートル自由形では、ドイツのパウル・ビーダーマン選手がポリウレタン水着を着て、北京オリンピックで8個の金メダルを取ったマイケル・フェルプス選手を破り、1分42秒00の世界記録で優勝しました。
2010年、ついに禁止へ
記録は選手の力なのか、水着の力なのか。「テクノロジー・ドーピング」という言葉まで使われるようになり、国際水泳連盟(FINA、現在のワールドアクアティクス)は2009年7月24日、全身を覆う水着の禁止を決めました。
2010年1月1日から、国際大会で使える水着は、布地(テキスタイル)でできたものに限られました。覆ってよい範囲も、男子はへそから膝まで、女子は肩から膝までと決められます。国際水泳連盟は、その理由を「水泳は本質的に、選手の身体的なパフォーマンスにもとづくスポーツである」と説明しています。
水着の力を借りて生まれた記録の中には、その後長く破られなかったものもあります。ビーダーマン選手の200メートル自由形の1分42秒00は、それから17年がたった今も、世界記録として残っています。