コケはなぜ乾いても生き返る?
細胞を乾燥から守るしくみと、水を得るとすぐに傷を修復するしくみをあわせ持っているからです。
1500年
日照りが続いた夏の日、石垣やブロック塀のすき間に生えたコケが、茶色く縮れてしまっていることがあります。すっかり枯れてしまったように見えますが、雨が降ったあとにもう一度見てみると、何事もなかったかのように青々とした姿に戻っています。
ふつうの植物なら、ここまで干からびたら二度と元には戻りません。コケはなぜ、乾いても生き返ることができるのでしょうか。
根も「水道管」もない植物
コケのなかま(蘚類)は世界に約1万2000種が知られています。ふつうの植物との大きな違いは、水を吸い上げる根や、体じゅうに水を運ぶ「水道管」のような管(維管束)をもたないことです。根のように見える仮根は、主に体を地面に固定するためのものです。
コケは、葉や茎の表面全体から直接水を吸いこみます。多くのコケの葉は、細胞がたった1層並んだだけの薄さです。そのかわり、体の中に水をためておくこともできません。まわりが湿れば水を含み、乾けばそのまま乾いてしまう。体の水分がまわりの環境に合わせて変わってしまうこうした性質を、「変水性」と呼びます。
ふつうの植物は、根から水を吸い、表面を水を通しにくい膜で覆い、気孔を閉じたりして、体の水分を一定に保とうとします。一方のコケは、乾くことを避けるのではなく、乾いても死なない体をもつという、まったく逆の道を選んだのです。
乾いても壊れない細胞
細胞から水が抜けると、ふつうは細胞膜やたんぱく質が壊れてしまいます。乾燥に強いコケは、これを防ぐしくみを備えています。
ひとつは、細胞の中にショ糖などの糖をためておくことです。糖は水の代わりに細胞膜を支え、細胞の中身を壊れにくい状態に保つと考えられています。また、乾燥から細胞を守る特別なたんぱく質も知られています。
もうひとつが、修復の素早さです。乾燥に強いことで研究されてきたシントリキア・ルラリスというコケでは、再び水を吸ったときに、傷んだ部分を直すためのたんぱく質を急いでつくることが知られています。守りと修復の両方を組み合わせることで、多くのコケは何か月も乾いたままでも、水を得て数時間のうちに活動を再開できるといわれます。
1500年の眠りから覚めたコケ
コケの「生き返る力」は、乾燥だけでなく、長い凍結にも耐えることがわかってきました。
2014年、イギリス南極観測局とレディング大学の研究チームは、南極半島の北東に浮かぶ南オークニー諸島のシグニー島で、永久凍土の中まで続くコケの堆積を掘り、長さ138センチの円柱状のサンプルを取り出しました。これを薄く切り分け、ふつうの温度と明るさの培養器に置いたところ、わずか数週間で新しい芽が伸びてきたのです。
再生が見られた深さ110センチ付近のコケは、放射性炭素による年代測定で、1500年以上前のものと推定されました。それまで、凍ったコケが直接よみがえった記録は、20年ほどが最長でした。
2013年には、カナダ北極圏のエルズミーア島で、後退する氷河の下から現れた400年ほど前のコケが、再び成長することも報告されています。コケの細胞は、条件さえ整えば、そこから新しい体を丸ごとつくり直す力をもっていると考えられています。
火星の環境でも生きのびた
2024年には、中国の研究チームが、砂漠に生えるシントリキア・カニネルビスというコケを使った実験を発表しました。このコケは、マイナス196℃の液体窒素の中に30日間、マイナス80℃の冷凍庫に最長5年間置かれても、温め直すと再び成長しました。人間の致死量をはるかに超える放射線にも耐えています。
さらに、大気の大半が二酸化炭素で、気温がマイナス60℃から20℃まで激しく上下し、強い紫外線が降り注ぐ火星に似せた環境に最長7日間置いても、乾いた状態のコケはすべて30日以内に再生しました。地球の片すみで乾いたり湿ったりをくり返す小さな植物は、驚くほどタフなのです。