ハエトリグサは数を数えられる?
ある意味ではできます。触れられた回数が2回で罠を閉じ、5回以上で消化を本格化させます。
2回
二枚貝のように開いた葉に虫が入り込むと、一瞬で閉じて閉じ込めてしまう。北アメリカ原産の食虫植物ハエトリグサは、植物らしからぬ素早い動きで知られています。進化論のチャールズ・ダーウィンも、この植物にすっかり魅了された一人でした。1875年の著書『食虫植物』の中で、彼はこう書いています。
ハエトリグサと呼ばれるこの植物は、その動きの速さと力強さゆえに、世界で最も驚くべき植物のひとつである。
それから150年近くがたち、研究者たちはハエトリグサのさらに驚くべき能力を明らかにしつつあります。この植物は、獲物に触れられた回数を「数えて」いるらしいのです。
1回では閉じない罠
ハエトリグサの罠の内側には、左右それぞれにふつう3本ほどの細い毛が生えています。これが獲物の動きを感じ取る感覚毛です。
不思議なことに、この毛に一度触れただけでは、罠はふつう閉じません。およそ30秒以内にもう一度触れられて、はじめてぱたんと閉じるのです。同じ毛に2回でも、別々の毛に1回ずつでもかまいません。
これは、むだな空振りを防ぐための工夫だと考えられています。罠を閉じて再び開くには多くのエネルギーが要り、ひとつの罠が開閉できる回数にも限りがあるといわれます。雨粒やごみが偶然触れただけで閉じていては、割に合いません。短いあいだに2回触れられたなら、動く生きものがいる可能性が高い、というわけです。
1回目を「覚えて」おくしくみ
では、植物は1回目の刺激をどうやって覚えているのでしょうか。
感覚毛が曲がると、動物の神経に似た電気信号が葉に広がります。2020年、埼玉大学などの研究チームは、カルシウムと結びつくと光るたんぱく質を組み込んだハエトリグサをつくり、その内側で起きていることを目に見えるようにしました。すると、1回目の刺激で葉の細胞のカルシウム濃度が上がり、2回目の刺激でさらに上乗せされて、ある値を超えたときに罠が閉じることがわかったのです。カルシウム濃度は時間とともに下がっていくため、間があきすぎると「記憶」は消えてしまいます。これが、約30秒という制限時間の正体だと考えられています。
ただし、このルールにも例外があります。スイスの研究チームは2020年、感覚毛をゆっくり曲げると、1回触れただけでも2回分の電気信号が生まれ、罠が閉じることがあると報告しました。動きの遅い幼虫やカタツムリのような獲物を逃さないためのしくみかもしれない、と研究者は考えています。
5回を超えると消化のスイッチが入る
数を数えるのは、罠を閉じるところまでではありません。2016年、ドイツのヴュルツブルク大学などの研究チームは、閉じたあとも刺激の回数に応じて、ハエトリグサの反応が段階的に変わることを報告しました。
閉じ込められた虫がもがくと、感覚毛は何度も刺激されます。刺激が重なると、消化に関わる植物ホルモンのはたらきが高まり、罠はさらにぴったりと閉じていきます。そして5回を超える刺激が加わると、消化酵素をつくる遺伝子や、獲物の体からナトリウムなどを取り込むためのたんぱく質の遺伝子が活発になるのです。
動かないごみや、すぐに力尽きてしまう小さな獲物なら、刺激はそこで途切れます。消化液という高くつく投資を、もがく回数によって見極めているのです。
もちろん、ハエトリグサが私たちのように「いち、に、さん」と数えているわけではありません。 刺激が重なるたびに細胞の中の状態が積み上がり、決まった値を超えると次の反応が起きる。そういう意味での「数える」です。それでも、脳も神経もない植物がこれほど巧みに情報を処理しているのは、ダーウィンが驚いた素早い動き以上に、驚くべきことかもしれません。