ケチャップの元は魚醤?
有力な説では、語源は魚の漬け汁を指す中国南部の言葉。トマト入りは19世紀からです。
1812年
オムライス、ナポリタン、フライドポテト。ケチャップは、日本の食卓でもすっかりおなじみの調味料です。赤くて甘酸っぱいその味から、「ケチャップといえばトマト」と思っている人がほとんどでしょう。
ところが、「ケチャップ」という言葉そのものには、もともとトマトの意味はまったく含まれていません。それどころか、語源をたどると、魚を漬けこんだ塩辛い汁にたどり着くという説が有力なのです。
語源は中国南部の「魚の漬け汁」?
ケチャップの語源としてよく挙げられるのが、中国南部の福建省や台湾などで話される閩南語(びんなんご)の言葉です。1873年に出版された厦門(アモイ)の方言の辞典には、「膎汁(kê-tsiap、ケーチャプ)」という言葉が載っています。「膎」は塩漬けにした魚や貝、「汁」はその汁のこと。つまり、魚介を漬けこんだ塩辛い汁、いわば魚醤(ぎょしょう)の一種を指す言葉だったと考えられています。
魚醤は、魚を塩とともに漬けこんで発酵させた調味料です。タイのナンプラーやベトナムのニョクマム、秋田のしょっつるなどがその仲間にあたります。
もうひとつの候補が、マレー語の「kicap(キチャップ)」です。こちらはもともと醤油を意味する言葉で、インドネシアでは今も甘い醤油を「ケチャップ・マニス」と呼びます。ただ、このマレー語も中国語から入った言葉とみられていて、どちらにしても源流は中国南部にある、というのが一般的な見方です。もっとも、語源には異論もあり、確実とまではいえません。
ヨーロッパの商人や船乗りは、東南アジアの港でこうした調味料に出会い、その名前を持ち帰ったと考えられています。英語の文献には、1682年に「ketchup」、1690年に「catchup」という綴りが現れます。
イギリスではキノコやクルミのケチャップ
イギリスに渡った「ケチャップ」は、元の魚醤とは違う道を歩みはじめます。本場の材料は手に入りにくいので、人々は身近な食材で似たような塩辛いソースを作ろうとしたのです。
18世紀のイギリスの料理書には、さまざまなケチャップの作り方が載っています。1727年に初版が出た料理書『The Compleat Housewife』には、アンチョビやエシャロット、酢、ショウガなどを使うケチャップのレシピがあります。魚を使っているところに、まだ魚醤の面影が残っています。
やがて、キノコやクルミ、カキ(牡蠣)などを使ったケチャップも作られるようになりました。とくにキノコのケチャップは人気で、塩をしたキノコから出る黒っぽい汁を煮つめて作ります。肉料理やスープの味つけに使う、うまみの強いソースでした。この時代の「ケチャップ」は、赤くも甘くもない、黒くて塩辛い液体だったのです。
トマトのケチャップはアメリカで
トマトがケチャップの材料として登場するのは、19世紀に入ってからです。知られている最古のトマトケチャップのレシピは、1812年にアメリカ・フィラデルフィアの医師ジェームズ・ミーズが発表したものとされています。
初期のトマトケチャップには、アンチョビが入っているものもありました。1817年のレシピにもアンチョビが使われていますが、19世紀半ばになると、アンチョビは姿を消していきます。魚の汁から始まったケチャップは、ここでようやく魚と縁が切れたわけです。
トマトケチャップを世界的な調味料に押し上げたのが、アメリカの実業家ヘンリー・J・ハインツの会社です。1876年にトマトケチャップを売り出し、1889年には八角形のガラス瓶も登場しました。工場で大量に作られ、瓶詰めで売られるようになったことで、ケチャップはアメリカの家庭の定番となり、やがて世界中に広まっていきます。
今では「ケチャップ」といえば、ほとんどの国でトマトケチャップのことです。それでもイギリスでは、キノコで作るマッシュルームケチャップが今も売られています。黒くて塩辛い、昔ながらのケチャップの姿をとどめる調味料です。