救急車の音はなぜ変わる?
近づくときは音の波が詰まって高く、遠ざかるときは波が間延びして低く聞こえるからです。
ピーポーピーポー。遠くから近づいてくる救急車のサイレンは、目の前を通り過ぎた瞬間、すっと低い音に変わります。救急車に乗っている人には、ずっと同じ高さの音が聞こえているはずなのに、道ばたの私たちには、高い音から低い音へ変わって聞こえる。不思議に思ったことはないでしょうか。
この現象は「ドップラー効果」と呼ばれます。名前の由来は、19世紀オーストリアの物理学者クリスティアン・ドップラーです。
音の波が詰まる、間延びする
音は、空気の振動が波となって伝わるものです。波の山と山の間隔が短いほど、つまり1秒間に耳に届く波の数が多いほど、音は高く聞こえます。
止まっているサイレンからは、音の波が四方へ同じ間隔で広がっていきます。ところが、サイレンが走りながら音を出すと、前方では、次の波を出すときにはサイレン自体が少し前に進んでいるため、波の間隔が詰まって高く聞こえます。反対に後方では、波の間隔が引き延ばされて、低く聞こえるのです。
空気中の音の速さは、秒速約340メートル。時速60キロ(秒速約17メートル)で走る救急車なら、計算上、近づいてくるときの音は本来より5%ほど高く、遠ざかるときは5%ほど低くなります。通り過ぎる瞬間に、音の高さはドとレの差に少し足りないくらい下がる計算です。
もともとは「星の色」の話だった
ドップラーがこの考えを発表したのは1842年、プラハの王立ボヘミア科学協会でのことでした。発表を聞いた正会員は、わずか5人だったといわれます。論文の題は「二重星および天空のいくつかの星の色について」。彼が説明しようとしていたのは、音ではなく、星の光の色でした。近づく星の光は波が詰まって青っぽく、遠ざかる星の光は赤っぽく見えるはずだ、と考えたのです。
星の色の違いの説明としては、この考えは誤りでした。星が動く速さでは、星全体の色が目に見えて変わるほどのずれは生じないからです。けれども、動くものから届く波の振動数が変わるという理屈そのものは、正しいものでした。
列車に音楽家を乗せた実験
この理論を音で確かめようとしたのが、オランダの気象学者ボイス・バロットです。1845年、彼はユトレヒトとマールセンを結ぶ鉄道で、ユニークな実験を行いました。
屋根のない貨車に金管楽器の奏者たちを乗せて列車を走らせ、決まった高さの音を吹き続けてもらいます。線路わきには、音の高さを聞き分けられる音楽家たちが立ち、通り過ぎる音の高さを聞き取りました。2月の最初の試みは、ひょうや雪にたたられてうまくいかず、6月にやり直したといわれています。結果は、近づいてくる音は半音ほど高く、遠ざかる音は半音ほど低く聞こえる、というものでした。
面白いことに、バロット自身は、もともとドップラーの理論に疑いを持っていました。音で確かめられたあとも、光の色が変わることについては、なかなか認めようとしなかったと伝えられています。
宇宙の膨張から天気予報まで
ドップラー効果は、光にも起こります。遠ざかるものから届く光は、波長が長い赤い側へずれ、これを「赤方偏移」と呼びます。1920年代、アメリカの天文学者エドウィン・ハッブルらは、遠くの銀河ほど光が赤い側へ大きくずれていること、つまり速く遠ざかっているらしいことを見いだしました。これが、宇宙が膨張していることを示す大きな手がかりになりました。
身近なところでは、車の速度違反を取り締まる測定器、雨や風の動きをとらえる気象レーダー、血液の流れを調べる超音波検査などにも、ドップラー効果が使われています。救急車のサイレンの変化は、宇宙の広がりを調べる方法と同じ原理だったのです。