宇宙で涙を流すとどうなる?
涙はこぼれ落ちず、目の上で水の玉になってふくらんでいきます。
映画のクライマックスで、主人公のほおをひと筋の涙が伝う。私たちにとって、涙は「流れるもの」です。目からあふれた涙は、重力に引かれてほおを下り、あごの先からぽたりと落ちていきます。
では、重力をほとんど感じない宇宙ステーションの中で涙を流したら、どうなるのでしょうか。2013年、この素朴な疑問に、ひとりの宇宙飛行士が身をもって答えてくれました。
涙は宇宙でもちゃんと出る
まず確認しておくと、宇宙でも涙は出ます。涙をつくる涙腺は、重力とは関係なく働いているからです。地上と同じように、目の表面はいつも薄い涙の膜でうるおされていますし、目にごみが入ったり、気持ちが高ぶったりすれば、涙があふれてきます。
ちがうのは、そのあとです。地上では、あふれた涙は重力のおかげで下へ流れていきます。ところが宇宙ステーションの中では、すべてのものが地球のまわりを一緒に落ち続けている状態にあるため、涙を下へ引っぱる力が事実上はたらきません。
そこで主役になるのが、表面張力です。水には、できるだけ表面積を小さくしようとして、ひとかたまりにまとまる性質があります。地上では重力に負けてしまうこの力が、宇宙では最も強い力として振る舞います。宇宙ステーションでこぼれた水が、ふわふわと漂う丸い玉になるのはそのためです。
ハドフィールド船長の「泣き方」実演
2013年、国際宇宙ステーションでカナダ人として初めて船長を務めていたクリス・ハドフィールドは、宇宙での暮らしを紹介する動画をいくつも公開していました。そのひとつが、宇宙で泣くとどうなるかを見せる動画です。
とはいえ、カメラの前で都合よく泣けるわけではありません。そこで彼は、水の入ったボトルから自分の目に水を噴きかけ、涙の代わりにしてみせました。すると水は、ほおを流れ落ちるどころか、目のまわりにぷるんとした水のかたまりになって、ぴったりと張りついたのです。
ハドフィールドの説明によれば、泣き続けると、目の上の水の玉はどんどん大きくなっていきます。やがて鼻を越えてもう片方の目に入ってしまうか、蒸発するか、ほおに広がるか、あるいはタオルでふき取るしかない。つまり宇宙では、涙は「流す」ものではなく「たまる」ものなのです。
涙で目が見えなくなった宇宙遊泳
実はハドフィールドは、この現象のやっかいさを、それより前に身をもって味わっていました。2001年4月、スペースシャトルのミッションで、カナダ人として初めての船外活動を行ったときのことです。
作業の途中、片方の目に突然、激しい痛みが走りました。ヘルメットの内側に塗られていた曇り止めの液がしみ込んだのです。目は反射的に涙を出しましたが、その涙は流れ落ちてくれません。目の上にたまった涙の玉はどんどん大きくなり、ついには鼻を越えて、もう片方の目にまで入り込んでしまいました。宇宙空間の真ん中で、彼は一時的に両目がほとんど見えない状態に陥ったのです。
ハドフィールドは慌てずに地上の管制と連絡を取り合い、宇宙服の酸素を少しずつ外へ逃がして、ヘルメットの中の空気を入れ替えました。やがて涙が刺激を薄めて視界は戻り、彼は予定の作業をやり遂げています。のちに彼は講演でこの体験を語り、今では目にしみにくいベビー用シャンプーが曇り止めに使われていて、最初からそうしておくべきだった、と語っています。
地上なら、ちょっと目をこすれば済むような出来事です。けれども宇宙服のヘルメットの中では、目に触れることすらできません。重力がないというだけで、涙ひとつが大きな問題になりうるのです。