宇宙から万里の長城は見える?
肉眼ではまず見えません。幅数メートルの壁は、宇宙からでは細すぎて周囲にまぎれてしまいます。
「万里の長城は、宇宙から肉眼で見える唯一の人工建造物である」。子どものころ、図鑑や雑学の本でこんな話を読んだ記憶がある人も多いのではないでしょうか。全長2万キロメートルを超える巨大な城壁なら、宇宙からでも見えそうな気がします。
けれども、目の仕組みや、実際に宇宙へ行った人たちの証言から考えると、答えは「肉眼ではまず見えない」です。まして、ときに語られるように「月から見える」ことは、決してありません。
噂は、宇宙時代より前に生まれた
この噂はどこから来たのでしょうか。興味深いのは、人類が宇宙へ行くずっと前から、この話が語られていたことです。
よく知られているのが、1938年にアメリカの冒険家で作家のリチャード・ハリバートンが書いた、子ども向けの本の一節です。そこには、天文学者によれば長城は月から肉眼で見える唯一の人工物だ、という趣旨の記述がありました。さらにさかのぼって、18世紀のイギリスの文献にも似た話が見られるといわれます。誰も宇宙から地球を見たことのない時代の話ですから、もちろん確かめようがありません。
実際には、月は地球から約38万キロメートルも離れています。そこから幅数メートルの長城を見分けるのは、計算上、数キロメートル先に置いた髪の毛1本を見ようとするようなものです。アポロ計画で月へ向かった宇宙飛行士たちも、月から見た地球に見えるのは雲と海と陸地くらいで、人工の建造物は見分けられなかったと語っています。
長いけれど、細い
では、もっと近く、国際宇宙ステーションの高さからならどうでしょうか。
万里の長城が途方もなく長い建造物であることは確かです。中国の国家文物局が2012年に発表した調査結果では、各時代に築かれた城壁をすべて合わせた長さは約2万1196キロメートル。地球の赤道の半周を上回ります。
しかし、見えるかどうかを決めるのは、長さではなく幅です。観光地として知られる明の時代の長城でも、壁の上の幅は平均で6メートル前後しかありません。国際宇宙ステーションが飛ぶのは、地上から約400キロメートルの高さ。幅6メートルのものを400キロメートル先から見るのは、1キロメートル先にある幅1.5センチほどのものを見分けようとするのと同じことです。
しかも長城は、周りの土や岩とよく似た材料でつくられているため、色も地面に溶け込んでしまいます。細いうえに目立たない。これが、長城が宇宙から見えにくい最大の理由です。
宇宙飛行士たちの証言
2003年、中国初の有人宇宙船「神舟5号」で宇宙を飛んだ楊利偉飛行士は、帰還後、長城は見えなかったと語りました。母国の英雄の言葉は大きな話題となり、中国では「長城は宇宙から見える」とした教科書の記述を見直す動きにつながったと伝えられています。
一方で2004年には、国際宇宙ステーションの船長を務めていたリロイ・チャオ飛行士が、望遠レンズを付けたデジタルカメラで撮影した写真に、長城の一部が写っていることが後の分析で確認されました。ただしチャオ自身も、撮影したときに肉眼で長城を見分けられたわけではなかったと語っています。
雪が積もって長城の輪郭がくっきり浮かぶときなど、条件がそろえば目にとまることもある、という見方もあります。それでも、「宇宙から誰にでもはっきり見える」というイメージとは、ほど遠いのが実情です。
宇宙から見える、人間の営み
それなら、宇宙からは人間の営みがまったく見えないのかというと、そうではありません。
国際宇宙ステーションの高さからなら、条件がよければ大都市の街並みや大きな空港、まっすぐに延びる道路などを肉眼で見分けられるといいます。周囲との色の違いがはっきりしていれば、幅の細いものでも線として目にとまることがあるのです。
そしてなにより目立つのが、夜の地球に輝く都市の明かりです。暗い大地に光の網目のように広がる街の灯は、宇宙から見える人類の存在の、もっともわかりやすいしるしだといえるでしょう。
長城は見えなくても、私たちの暮らしそのものは、宇宙からちゃんと見えているのです。