宇宙はどんなにおい?
宇宙飛行士によれば、焼けた金属やステーキのようなにおい。月の砂は火薬のにおいだったそうです。
宇宙はどんなにおいがするのか。考えてみると、これは少し不思議な問いです。宇宙空間はほぼ真空で、空気がありません。においは、空気中を漂う物質の分子が鼻に入ることで感じるものです。宇宙服のヘルメットを開けて「宇宙の空気」を嗅ぐことは、そもそもできないのです。
それでも、宇宙に出た人々は、宇宙には独特のにおいがあると語ってきました。手がかりは、宇宙から持ち帰った「おみやげ」に残されていました。
宇宙遊泳のあとに漂う、金属のにおい
国際宇宙ステーションで船外活動、いわゆる宇宙遊泳を終えた宇宙飛行士は、エアロックと呼ばれる小部屋に戻り、空気を満たしてからヘルメットを外します。このとき、宇宙服や道具から、なんともいえないにおいが漂ってくるといいます。
2002年から2003年にかけて国際宇宙ステーションに長期滞在したアメリカのドン・ペティット飛行士は、そのにおいを、心地よく甘い金属のような感じだと書き残しています。学生時代、重機の修理の仕事でアーク溶接をしていたころに嗅いだ、溶接の煙を思い出させるにおいだったそうです。
ほかの宇宙飛行士たちも、「焼けたステーキ」「熱した金属」「火薬」などと表現しています。言葉はさまざまですが、どこか焦げたような、金属的なにおいという点では、多くの証言が重なっています。
においの正体は、まだ謎
宇宙のにおいの正体については、いくつかの仮説がありますが、はっきりとした結論は出ていません。
有力な説のひとつは、酸素が関わっているというものです。国際宇宙ステーションが飛ぶ高度400キロメートルあたりにも、ごく薄い大気が残っています。そこでは太陽の強い紫外線によって酸素分子がばらばらになり、酸素原子が単独で漂っています。この酸素原子が宇宙服の表面に付着したままエアロックに持ち込まれ、空気中の酸素と結びついてオゾンができる。オゾンには独特の刺激臭があり、それが「宇宙のにおい」として感じられるのではないか、という考え方です。
別の説では、宇宙に漂う炭素の化合物に注目します。年老いた星などから放出される「多環芳香族炭化水素」は、地球では焦げた食べ物や煤にも含まれる物質で、宇宙にも広く存在することが知られています。宇宙飛行士たちが語る焦げたようなにおいは、こうした物質を連想させるという指摘もあります。
月の砂は、火薬のにおい
においの証言は、月からも届いています。1960年代末から70年代初めのアポロ計画では、月面を歩いた宇宙飛行士たちが、宇宙服にこびりついた月の砂を、着陸船の中に持ち込んでしまいました。
ヘルメットを脱いだ彼らが感じたのは、使用済みの火薬のようなにおいでした。アポロ17号の月着陸船パイロットで、地質学者でもあるハリソン・シュミット飛行士は、それが月を歩いた全員に共通する第一印象だったと振り返っています。船長のユージン・サーナン飛行士も、まるで誰かが銃を撃った直後のようだと表現しました。
不思議なことに、地球に持ち帰られた月の砂からは、このにおいがしません。月の砂粒は風や水による風化を受けていないため、とがっていて化学的にも反応しやすい状態にあると考えられています。それが着陸船の中の空気や湿り気に触れて反応し、においを生んだものの、地球に届くころには反応が終わっていたのではないか、という説があります。
銀河の中心は、ラム酒の香り?
宇宙のもっと遠くにも、においの手がかりはあります。2009年、ドイツのマックス・プランク電波天文学研究所などの研究チームは、天の川銀河の中心近くにある巨大なガスの雲「いて座B2」で、ギ酸エチルという分子を見つけたと発表しました。
ギ酸エチルは、地球ではラム酒のような香りをもち、ラズベリーの風味のもとのひとつとしても知られる物質です。もちろん、実際にその雲に鼻を近づけられるわけではありませんし、雲にはほかにもさまざまな分子が含まれています。それでも「銀河の中心はラム酒の香り」という言葉は、大きな話題を呼びました。
宇宙のにおいを地上で再現しようという試みもあります。2008年ごろ、イギリスの化学者スティーブ・ピアースはNASAの依頼を受け、宇宙飛行士の証言をもとに「宇宙のにおい」の調合に取り組みました。訓練をより本番に近いものにするためだったといいます。