ブラックホールに落ちるとどうなる?
小さなブラックホールなら手前で引き裂かれ、巨大なものなら境界を無事に越えられます。
ブラックホールは、光でさえ抜け出せないほど強い重力をもつ天体です。もちろん、実際に飛び込んで確かめた人はいません。けれども、アインシュタインの一般相対性理論を使えば、そこで何が起きるのかを、かなり具体的に計算することができます。
その答えは、意外なことにブラックホールの大きさによって正反対になります。そして、落ちていく本人と、それを遠くから眺める人とでは、まるで違う物語を目撃することになるのです。
体がスパゲッティのように伸びる
足からブラックホールに近づいていくと想像してみてください。重力は、近いほど強く働きます。そのため、ブラックホールに近い足先は、頭よりも強い力で引っぱられます。この「場所による重力の差」を潮汐力(ちょうせきりょく)といいます。月の引力が地球の海を引き伸ばして満ち潮と引き潮を生むのと、同じ種類の力です。
ふだんの生活では、足と頭の重力の差など感じようもありません。ところがブラックホールのそばでは、この差がとてつもなく大きくなります。体は縦方向に引き伸ばされ、同時に横からは押しつぶされて、細長いひものようになってしまうのです。
物理学者のスティーヴン・ホーキングは、1988年の著書『ホーキング、宇宙を語る』で、ブラックホールに落ちた宇宙飛行士が「スパゲッティのように引き伸ばされる」と書きました。この現象がスパゲッティ化と呼ばれるようになったのは、この本がきっかけで広まったとされています。
人間どころか、恒星でさえこの力には耐えられません。ブラックホールに近づきすぎた星が引き裂かれ、ガスの流れとなって飲み込まれていく現象は「潮汐破壊」と呼ばれ、実際に望遠鏡で観測されています。
小さいほど危なく、大きいほど穏やか
不思議なのは、ブラックホールが小さいほど危険だという点です。
ブラックホールには「事象の地平面」と呼ばれる境界があります。ここを越えると、光も含めて何ものも二度と外へ出られません。太陽の10倍ほどの質量をもつ、恒星が燃え尽きてできたブラックホールの場合、この境界の半径はわずか30キロメートルほどです。境界がこれほど小さいと、そのすぐ外側では重力が急激に変化し、潮汐力も強烈になります。計算上、人間の体は境界にたどり着くよりずっと手前、数千キロメートルも離れた場所で引き裂かれてしまいます。
ところが、銀河の中心にあるような超大質量ブラックホールでは話が逆になります。境界の大きさは質量に比例して大きくなり、そのぶん境界付近の重力の変化はなだらかになるからです。私たちの天の川銀河の中心にあるいて座Aスターは、太陽の約430万倍の質量をもち、境界の半径は約1200万キロメートル。ここでは潮汐力はごく弱く、宇宙飛行士は何事もなく境界を越えてしまうと考えられています。
2019年に初めて撮影された銀河M87のブラックホールは、さらに桁違いです。質量は太陽の約65億倍で、境界の半径は太陽から冥王星までの距離の3倍ほどにもなります。
外から見ると、落ちる姿が止まって見える
では、落ちていく宇宙飛行士を、遠くから友人が見守っていたらどうなるでしょう。
一般相対性理論によれば、強い重力のもとでは時間の進み方が遅くなります。友人の目には、ブラックホールに近づくほど宇宙飛行士の動きがゆっくりになり、腕時計の針も遅れていくように見えます。届く光は赤っぽく引き伸ばされ、だんだん暗くなっていきます。そして宇宙飛行士は境界の手前で止まったかのように見えたまま、やがて薄れて見えなくなってしまうのです。外から見ている限り、境界を越える瞬間を目撃することはできません。
一方、宇宙飛行士本人にとっては、時間はいつもどおりに流れています。大きなブラックホールなら、境界を越える瞬間に特別な何かを感じることもないでしょう。同じ出来事が、立場によってまったく違って見える。これが相対性理論の描く世界です。
境界の先は、まだ誰にもわからない
ただし、境界を越えた宇宙飛行士の旅は片道切符です。外へ戻ることはできず、中心へと進むしかありません。巨大なブラックホールでも、中心に近づけば潮汐力はやがて強まり、最後にはスパゲッティ化を避けられないと考えられています。
その中心で何が起きているのかは、現在の物理学でもわかっていません。一般相対性理論の計算では、密度が無限大になる「特異点」が現れてしまい、理論そのものが使えなくなるからです。重力と量子の世界をひとつにまとめる新しい理論ができるまで、ブラックホールの奥底は宇宙最大の謎のひとつであり続けそうです。