バスケットボールは桃のかごから生まれた?
本当です。1891年、最初の試合では体育館の手すりに桃のかごを取り付けてゴールにしました。
3.05m
バスケットボールのゴールは、床から3.05メートルの高さにあります。小学校の体育館でも、NBAのアリーナでも同じです。きりのいい3メートルではなく、なぜ5センチ余分なのか。実はこの数字は、ある体育館の「手すりの高さ」をそのまま受け継いだものです。
そしてその手すりに最初に取り付けられたのは、金属の輪でも網でもなく、果物を運ぶための桃のかごでした。バスケットボールという名前は、文字どおり「かごのボール遊び」から始まったのです。
冬の体育館に新しい遊びを
1891年の冬、アメリカ・マサチューセッツ州スプリングフィールドにあるYMCAの指導者養成学校(現在のスプリングフィールド大学)で、カナダ出身の体育教師ジェームズ・ネイスミスは難題を抱えていました。
ニューイングランドの冬は厳しく、屋外でスポーツができません。室内でできるのは体操や行進ばかりで、元気な若者たちはすっかり退屈していました。体育部長のルーサー・ギューリックはネイスミスに、冬でも室内で楽しめて、覚えやすく、遊びやすい新しい競技を考えるよう命じます。期限は2週間ほどだったといわれます。
ネイスミスは、サッカーやラグビーを室内に持ち込もうとして失敗を重ねたすえ、ひとつの答えにたどり着きます。ぶつかり合いを減らすために、ボールを持って走ることは禁止する。そして、勢いよく投げつけるだけでは入らないよう、ゴールを頭上の高い位置に置く。力よりも、狙いの正確さを競う遊びです。
箱のかわりに届いた桃のかご
ゴールにするため、ネイスミスは学校の用務員に、45センチ四方ほどの箱を2つ用意してほしいと頼みました。ところが用務員が持ってきたのは、箱ではなく桃のかご2つ。ネイスミスはそれを体育館のバルコニー(2階席)の手すりに、両端にひとつずつ打ちつけました。
その手すりの高さが、たまたま10フィート、つまり約3.05メートルでした。このとき偶然決まった高さが、いまも世界中のゴールの高さとして使われているのです。
ネイスミスは競技の決まりを13か条にまとめ、秘書がそれをタイプして掲示板に貼り出しました。ルールは翌1892年1月、学内誌『トライアングル』に掲載され、全米のYMCAへと広まっていきます。
最初の試合が行われたのは、1891年12月21日とされています。18人の学生が9人ずつのチームに分かれ、使ったのはサッカーボール。結果は1対0で、記念すべき最初のゴールを決めたのはウィリアム・チェイスという学生でした。
ゴールのたびにはしごを
桃のかごには、当然ながら底があります。ボールが入ると、そのままかごの中にとどまってしまいます。そのため初期の試合では、点が入るたびに試合を止め、はしごを持ってきてボールを取り出していました。ネイスミスのルールでも、ボールがかごに入って「そこにとどまる」ことが得点の条件とされていました。
やがて、かごの底に小さな穴を開けて棒でボールを突き出す方法が考えられ、かごはしだいに金属の輪と網に置き換えられていきます。ただし、しばらくは網の底が閉じていて、ひもやチェーンを引いてボールを落とす仕組みでした。網の底が完全に開き、ボールがそのまま床に落ちてくる現在のかたちになったのは、1912年ごろのことです。
得点のたびに試合が止まらなくなったことで、試合のテンポは一気に速くなりました。私たちが見慣れたスピーディーなバスケットボールは、かごの底が抜けたことで生まれたともいえます。
433万ドルの紙2枚
このタイプ打ちのルールの原本は、2010年にニューヨークのサザビーズで競売にかけられ、約433万ドルで落札されました。スポーツに関する品物としては、当時史上最高の値段だったといわれます。
13か条の中には、いまのルールの骨格がすでに見てとれます。ボールは片手でも両手でも、どの方向に投げてもよい。ボールを持ったまま走ってはいけない。相手を押したり、つかんだり、たたいたりしてはいけない。130年以上たったいまも、バスケットボールは「ボールを持って走らず、高いかごを狙う」という、ネイスミスの最初の発想の上に成り立っています。