「G線上のアリア」のG線とは?
バイオリンの4本の弦のうち、いちばん低い音の弦。この1本だけで弾けるよう編曲されたことから付いた題名です。
ゆるやかに流れる低音の上で、息の長い旋律が静かに歌う。ヨハン・ゼバスティアン・バッハの「G線上のアリア」は、クラシックをふだん聴かない人でも、どこかで一度は耳にしたことのある曲でしょう。
けれども、題名の「G線」が何を指すのかは、意外と知られていません。そして実は、バッハ自身はこの曲を「G線上のアリア」とは呼んでいませんでした。
もとは管弦楽組曲の第2曲
この曲のもとになったのは、バッハの『管弦楽組曲第3番 ニ長調』(BWV 1068)です。いくつかの舞曲を組み合わせた組曲で、その2曲目に置かれたのが「エール(Air)」と題された曲でした。エールとは、歌うような旋律をもつ器楽曲のことです。
作曲されたのは1730年前後と考えられています。トランペットやティンパニが華やかに鳴る組曲の中で、この2曲目だけは弦楽器と通奏低音だけで演奏され、ひときわ静かな時間をつくっています。
G線は、バイオリンのいちばん低い弦
バイオリンには4本の弦が張られていて、低いほうからG(ソ)、D(レ)、A(ラ)、E(ミ)の音に合わせてあります。このうち、いちばん太く、いちばん低い音を出すのがG線です。音名をドイツ語や英語で表すときの「G」が、日本語の「ソ」にあたります。何も押さえずに弾いたG線の音は、ピアノの真ん中のドより少し低いソで、1秒間に約196回振動しています。
ふつう、バイオリンの旋律はいくつもの弦を行き来しながら弾かれます。ところが「G線上のアリア」は、その名のとおり、G線1本だけで旋律を弾き通せるように作り変えられた曲なのです。
名付け親は19世紀のバイオリニスト
バッハの死から100年以上たった1871年、ドイツのバイオリニスト、アウグスト・ヴィルヘルミが、この「エール」をバイオリンとピアノのために編曲しました。ヴィルヘルミは「ドイツのパガニーニ」とも呼ばれた名手で、1876年にワーグナーの楽劇『ニーベルングの指環』がバイロイトで初めて上演されたときには、オーケストラのコンサートマスターを務めています。
ヴィルヘルミは、原曲のニ長調をハ長調に移し、さらに旋律を1オクターブ下げました。こうすると、旋律がすべてG線の出せる音の範囲に収まり、1本の弦だけで弾けるようになります。G線ならではの太く深い響きで、あの旋律を歌わせようとしたのです。この編曲が「G線上のアリア」の名で広まり、もとの組曲を離れて、独立した名曲として親しまれるようになりました。
ちなみに、日本語の題名では「アリア」となっていますが、バッハの楽譜にある題は「エール」です。アリアはイタリア語で、歌うような曲という意味では近い言葉ですが、原題そのものではありません。
名曲か、改ざんか
いまでは誰もが知る「G線上のアリア」ですが、当時の評価は割れていました。ハンガリー出身の名バイオリニストで、ブラームスの親友でもあったヨーゼフ・ヨアヒムは、この編曲を「バッハの作品に対する恥知らずな改ざん」と厳しく批判したといいます。調も音域も変えてしまったのですから、無理もない反応かもしれません。
現在では、オーケストラがバッハの原曲どおりに演奏することも、バイオリン独奏でG線だけを使って演奏することもあります。同じ旋律でも、聴きくらべると響きの違いがよくわかります。