人はなぜ夢を見る?
はっきりとはわかっていません。記憶や感情の整理との関係など、いくつもの説が議論されています。
空を飛ぶ、試験に遅刻する、何年も会っていない友人と、なぜか知らない街を歩いている。目が覚めて「変な夢だったな」と思っても、その中身はたいてい数分のうちに霧のように消えていきます。
人は誰でも夢を見ます。「自分は夢を見ない」という人も、実際には覚えていないだけだと考えられています。ところが、なぜ夢を見るのかという問いに、科学はまだはっきりした答えを出せていません。
眠りの中の「目がよく動く時間」
夢の科学的な研究が大きく動き出したのは、1953年のことです。アメリカ・シカゴ大学のユージン・アセリンスキーとナサニエル・クライトマンが、眠っている人のまぶたの下で、眼球がすばやく動く時間帯があることを報告しました。これがレム睡眠です。REMは「急速眼球運動」を意味する英語の頭文字です。
この時間帯に眠っている人を起こすと、多くの人が「夢を見ていた」と答えました。初期の研究では、レム睡眠中に起こした場合はおよそ7〜8割、それ以外の眠り(ノンレム睡眠)では2割ほどが夢を報告したとされています。
一晩の眠りでは、ノンレム睡眠とレム睡眠がおよそ90分の周期で繰り返され、明け方に近づくほどレム睡眠が長くなります。朝方の夢をよく覚えているのは、このためだと考えられています。ただし、その後の研究で、ノンレム睡眠中にも夢を見ていることがわかってきました。夢はレム睡眠だけのものではないのです。
夢をめぐるいくつもの説
では、脳はなぜ眠っているあいだに、わざわざ物語を作るのでしょうか。
1900年、精神分析の創始者ジークムント・フロイトは『夢判断』を著し、夢は抑えつけられた願望が姿を変えて現れたものだと論じました。大きな影響を与えた考え方ですが、科学的に確かめるのは難しく、現在の脳科学でそのまま支持されているわけではありません。
1977年には、アメリカの精神科医アラン・ホブソンとロバート・マッカーリーが「活性化・合成仮説」を唱えました。レム睡眠中に脳の奥から送られてくる、いわばでたらめな信号に、大脳がなんとかつじつまを合わせて物語に仕立てたものが夢だ、という考え方です。夢の筋書きがしばしば支離滅裂なことを、うまく説明できます。
ほかにも、昼間の経験を整理して記憶として定着させる過程と関係しているという説、つらい感情をやわらげる働きがあるという説があります。さらに、危険な場面を前もって練習するシミュレーションだという「脅威シミュレーション説」も知られています。追いかけられる夢や、何かに失敗する夢が多いのは、この練習のためではないかというわけです。
答えはひとつではないのかもしれない
これらの説は、どれかひとつが正解で残りがまちがい、という関係にあるわけではありません。眠っているあいだに脳が記憶や感情を処理していること自体は、多くの研究で確かめられつつあります。けれども、その途中で浮かぶ「夢の体験」そのものに役割があるのか、それとも脳の作業にともなう副産物にすぎないのかは、いまも議論が続いています。
研究を難しくしている理由のひとつは、夢が本人にしか見えないことです。研究者が手にできるのは、目覚めた人の「こんな夢だった」という報告だけで、しかもその記憶はすぐに薄れてしまいます。
夢は、誰もが毎晩見ているのに、誰も直接のぞいたことのない世界です。
それでも近年は、脳の活動のパターンから夢に出てきたものを推定しようとする研究や、夢の中で「これは夢だ」と気づいている明晰夢の人と、目の動きなどの合図を使ってやりとりを試みる研究も行われています。
夢の謎には、少しずつ新しい角度から光が当てられ始めています。いつか答えが見つかったとき、私たちは自分の眠りを、いまとは少し違った目で眺めることになるのかもしれません。