脳は10%しか使っていない?
いいえ。脳に使われていない部分はなく、場面に応じてあらゆる領域が働いています。
20%
「人は脳の10%しか使っていない」。一度は耳にしたことがあるのではないでしょうか。残りの90%を使えるようになれば、記憶力も集中力も飛躍的に高まる。そんな夢のある話は、映画の題材にもなってきました。2014年の映画『LUCY/ルーシー』は、脳の力を100%まで引き出した女性が、超人的な能力を身につけていく物語です。
けれども、脳科学の答えははっきりしています。これは根拠のない「神話」です。
脳はエネルギーの大食らい
最初の手がかりは、脳の燃費です。大人の脳の重さは1.3キロほどで、体重のおよそ2%にすぎません。ところが、体全体が使うエネルギーのおよそ20%を、この小さな臓器が消費しています。
もし脳の9割が遊んでいるのなら、これはとんでもない無駄づかいです。生きものの体は、長い進化の中で、割に合わないコストを削る方向に磨かれてきました。使いもしない部分を大量に抱え、その維持にエネルギーを払い続けるという状態が残ってきたとは、考えにくいのです。
画像に映る、脳のあちこちの活動
20世紀の終わりごろから、PET(陽電子放射断層撮影)やfMRI(機能的磁気共鳴画像法)といった技術で、生きている人の脳の働きを外から調べられるようになりました。何かを見たり、話したり、手を動かしたりするたびに、脳のさまざまな場所の活動が高まる様子が捉えられています。
画像の一部分だけが明るく光っていると、「そこしか使っていない」と思うかもしれません。でも、ああした色の多くは、ふだんより活動が増えた場所を強調して示したものです。色のついていない場所も、休んでいるわけではありません。じっと何もしていないときや眠っているときでさえ、脳は全体として活動を続けています。
脳のけがや病気からも同じことがわかります。脳卒中などで脳が傷つくと、その場所がほぼどこであっても、言葉が出にくくなる、手足が動かしにくくなる、感情が変わるなど、何らかの影響が出ます。傷ついても何も起きない「使われていない9割」は、見つかっていないのです。
全部が一斉に働くわけではない
ただし、「いつでも100%使っている」というのとも少し違います。脳には約860億個の神経細胞(ニューロン)があり、それを支えるグリア細胞もほぼ同じくらいの数があると推定されています。けれども、その神経細胞のすべてが、同時に激しく信号を出しているわけではありません。場面ごとに必要な細胞が働く分業によって、脳は効率よく情報を処理しています。
むしろ、たくさんの神経細胞が一斉に過剰に興奮してしまうと、てんかんの発作のような状態になります。「全部を同時に使う」のは、能力アップどころか、脳にとって困った事態なのです。
神話はどこから来たのか
では、この話はどこから生まれたのでしょうか。実は、はっきりした出どころはわかっていません。アインシュタインが言ったと紹介されることもありますが、これは根拠のない誤りとされています。
よく名前が挙がるのが、19世紀末から20世紀初めに活躍したアメリカの心理学者、ウィリアム・ジェームズです。彼は、人は自分が持つ心の力のほんの一部しか生かしていない、という趣旨のことを述べていました。ただしそれは、潜在能力をもっと伸ばせるという励ましの意味合いで、脳の何%という話ではありませんでした。
それが数字と結びついて広まるきっかけのひとつになったとされるのが、1936年に出版されたデール・カーネギーの『人を動かす』です。序文を書いた作家のローウェル・トーマスが、「ハーバード大学のウィリアム・ジェームズ教授は、平均的な人は潜在的な知的能力の10%しか伸ばしていない、とよく言っていた」と紹介したのです。「能力の10%」が、いつのまにか「脳の10%」にすり替わっていったのかもしれません。
ほかにも、かつては脳の細胞の多くを占めるグリア細胞がたいした働きをしていないと考えられていたことなど、さまざまな要因が挙げられていますが、決め手はありません。それでもこの神話は根強く、2012年に発表された調査では、イギリスの教師の48%、オランダの教師の46%が、この説を正しいと答えていました。