ミロのヴィーナスの腕はどうなった?
発見時にはすでになく、今も見つかっていません。近くからはリンゴを持つ手の断片が出土しています。
204cm
パリのルーヴル美術館で、いつも人だかりができている彫刻があります。やわらかく体をひねり、腰に布をまとった女神の像、ミロのヴィーナスです。その姿を思い浮かべるとき、私たちが真っ先に思い出すのは、両腕がないことでしょう。
腕がないのに美しい。いや、腕がないからこそ美しい、と言う人さえいます。では、あの腕はいったいどうなってしまったのでしょうか。
1820年、ミロス島の畑から
この像が見つかったのは、1820年4月のことです。場所はエーゲ海に浮かぶギリシャのミロス島。畑を耕していた地元の農夫が、土の中から大理石の女性像を掘り当てました。像は上半身と下半身の大きな二つの部分に分かれていました。
ちょうど島に寄港していたフランス海軍の士官候補生オリヴィエ・ヴーティエが発掘に立ち会い、その姿をスケッチに残しています。像のそばからは、腕の断片、リンゴを持った手、そして2体のヘルメス柱も見つかりました。その後、フランスの外交官たちの交渉によって像はフランスのものとなり、1821年3月、国王ルイ18世に献上されて、ルーヴル美術館に収められました。
像はパロス島産の大理石でできており、高さは約2メートル。紀元前2世紀ごろの作と考えられています。ギリシャ神話の愛と美の女神アフロディテ、ローマ神話でいうヴィーナスの像とされていますが、海の女神アンフィトリテではないかという説もあります。
「浜辺の乱闘で折れた」は本当?
腕の行方については、ドラマチックな話が伝わっています。像を船に積み込もうとしたとき、像の引き渡しをめぐって浜辺で乱闘が起き、そのはずみで腕が折れてしまった、というものです。
この話は、発見から50年以上たった1874年に、当時の関係者の一人が書き残したことで広まりました。ところが、発見に立ち会ったヴーティエはこれに反論し、像は見つかったときから腕が折れていたと述べています。ヴーティエのスケッチにも、腕のない姿が描かれています。腕は、発見されるずっと前に失われていたとみるのが自然なようです。
失われた腕は何をしていたのか
腕そのものは、いまも見つかっていません。そのため、もともとどんなポーズだったのかをめぐって、さまざまな復元案が考えられてきました。
もっとも支持されているのは、右手で腰からずり落ちそうな衣を押さえ、左手にリンゴを持っていた、という説です。リンゴは、ギリシャ神話の「パリスの審判」で、アフロディテが最も美しい女神として受け取った黄金のリンゴを表している、と考えられています。像のそばから見つかったリンゴを持つ手の断片は、像と同じ種類の大理石でできており、2010年の修復の際に行われた調査でも、もともとこの像の一部だったという見方を支持する結果が出ています。
このほかにも、軍神アレスの盾を鏡のようにして自分の姿を眺めていた、アレスと並んで立つ群像の一部だった、花冠や槍を持っていた、など、多くの案が出されてきました。
あえて腕をつけなかった
ルーヴルに収められた当初、失われた腕を新しく彫って補うべきかどうかも議論されました。けれども、美術史家カトルメール・ド・カンシーらの意見により、像は見つかったままの姿で展示されることになります。
もし当時、想像で腕が付け足されていたら、私たちの知るミロのヴィーナスはまったく違う姿になっていたでしょう。何を手にしていたのかわからないからこそ、見る人はそれぞれに失われた腕を思い描きます。腕がないことは、いつしかこの像の魅力そのものになったのです。
この像がルーヴル美術館に入ってから国外へ出たのは、ただ一度だけです。1964年、東京と京都で特別公開され、日本中から大勢の人が詰めかけました。