「きらきら星」はモーツァルトが作った?
いいえ。もとは18世紀フランスの歌で、モーツァルトはその旋律をもとに変奏曲を書きました。
ド、ド、ソ、ソ、ラ、ラ、ソ。「きらきら星」は、日本でも幼稚園や保育園で必ずといっていいほど歌われる童謡です。英語圏では『きらきら光る小さな星(トゥインクル・トゥインクル・リトル・スター)』として知られ、世界でもっとも有名な子どもの歌のひとつといえるでしょう。
この曲について、「じつはモーツァルトが作曲した」という話を聞いたことはないでしょうか。モーツァルトの作品にこのメロディーが登場するのは本当です。けれども、メロディーそのものを生み出したのは、モーツァルトではありませんでした。
恋の打ち明け話から始まった
このメロディーの記録をたどると、18世紀のフランスに行き着きます。楽譜として確認できるもっとも古いものは、1761年にフランソワ・ブワンという人物が出版した、ハーディ・ガーディ(手回し式の弦楽器)のための曲集だとされています。
フランスでは、この曲は『ああ、お母さん、あなたに申しましょう』という題の歌として広まりました。もともとの歌詞は、子ども向けのものではありません。羊飼いの娘が、羊飼いの若者に恋をしてしまったことを母親に打ち明ける、という恋の歌だったのです。
のちに、この歌詞を替えた子ども向けのパロディが生まれます。こちらは、子どもが母親に向かって、大人のように分別をもてと言われるけれど、自分はお菓子のほうがいい、と訴える内容です。この替え歌がいつ生まれたのかについては、19世紀初めにはすでにあったとする説と、19世紀後半とする説があります。
モーツァルトの12の変奏曲
このフランスの人気曲を使って、モーツァルトが書いたのが、ピアノのための『「ああ、お母さん、あなたに申しましょう」による12の変奏曲』です。作品番号はK.265。最初に主題として素朴なメロディーを示し、そのあと12通りの変奏が続きます。細かく駆けめぐる音で飾ったり、左手に旋律を移したりと、同じメロディーが次々に姿を変えていきます。12の変奏のうち、第8変奏だけはハ短調に転じ、最後の第12変奏だけが3拍子になっています。
この曲は長いあいだ、モーツァルトが1778年にパリに滞在していたときの作品だと考えられてきました。フランスの歌を使っているので、それも自然に思えます。ところが、自筆譜の筆跡を調べた研究から、実際には1781年から1782年ごろ、ウィーンで書かれた可能性が高いとされるようになりました。モーツァルトが25歳前後のころのことです。曲は1785年にウィーンで出版されています。
この変奏曲がピアノの発表会などで広く弾かれてきたことから、日本では「きらきら星変奏曲」とも呼ばれています。「モーツァルトが作った」という誤解は、おそらくこの有名な変奏曲から生まれたのでしょう。モーツァルトは作曲者ではなく、既存のメロディーの「料理人」だったのです。
英語の歌詞はイギリスの姉妹から
では、星の歌になったのはいつでしょうか。英語の歌詞のもとになったのは、イギリスの詩人ジェーン・テイラーが書いた『星』という詩です。1806年、姉のアン・テイラーと共に出した子ども向けの詩集『子ども部屋のための詩』に収められました。
この詩が、フランスのメロディーと組み合わされた形で初めて出版されたのは、1838年のことだとされています。もとの詩は5連ありますが、今ではたいてい最初の1連だけが歌われています。
この詩は広く親しまれ、ルイス・キャロルの『不思議の国のアリス』では、帽子屋が「きらきら光る小さなコウモリ」という替え歌を披露する場面まであります。
ひとつのメロディー、たくさんの歌
同じメロディーは、英語圏ではアルファベットを覚える『ABCの歌』や、童謡『めえめえ黒ひつじ』にも使われています。ドイツでは、のちにドイツ国歌の歌詞を書いた詩人ホフマン・フォン・ファラースレーベンが、1840年ごろにこの旋律でクリスマスの歌を書きました。恋の打ち明け話から始まったメロディーは、国も言葉も越えて、いくつもの歌に生まれ変わってきたのです。