タイタニック号の見張りは双眼鏡を持っていなかった?
本当です。保管庫の鍵が船になかったためとされますが、あれば事故を防げたかは議論が続いています。
1912年4月10日、当時世界最大級の豪華客船タイタニック号は、イギリスのサウサンプトンからニューヨークへ向けて、初めての航海に出発しました。そして4日後の4月14日深夜、北大西洋で氷山に衝突し、翌15日未明に沈没します。亡くなった人は1500人を超えました。
この悲劇には、いくつもの「もしも」が語り継がれています。そのひとつが、氷山を見張っていた船員たちが、双眼鏡を持っていなかったという話です。これは本当のことでした。そこには、出航直前に船を降りた1人の航海士と、小さな鍵がかかわっていたといわれています。
見張り台にあるはずだった道具
タイタニック号の前のマストの高い位置には、見張り台がありました。英語で「クロウズ・ネスト(カラスの巣)」と呼ばれる場所です。事故の夜、ここで見張りに立っていたのは、フレデリック・フリートとレジナルド・リーの2人でした。
のちの調査で、見張り員たちは、造船所のあるベルファストからサウサンプトンまでの回航のあいだは双眼鏡を使えていたのに、サウサンプトンを出てからは手元になかったと証言しています。双眼鏡を求めたものの、結局支給されなかったというのです。
船を降りた航海士と1本の鍵
その理由として語り継がれているのが、二等航海士デビッド・ブレアの話です。ブレアはもともとタイタニック号の乗組員でしたが、出航の直前、船を運航するホワイト・スター・ライン社の人事の入れ替えによって、船を降りることになりました。
このときブレアは、見張り用の双眼鏡がしまわれていた保管庫の鍵を、うっかり持ったまま下船してしまったと伝えられています。鍵はその後も長くブレアの手元に残され、2007年にオークションにかけられて、約9万ポンドという高値で落札されました。「タイタニック号を沈めたかもしれない鍵」として、大きな話題になったものです。
双眼鏡があれば避けられたのか
氷山を見つけたフリートは、警鐘を鳴らし、ブリッジに電話で「真正面に氷山!」と知らせました。船は急いでかじを切りましたが、間に合いませんでした。警告から衝突までは、一説に40秒足らずだったとされています。
アメリカ上院の調査で、フリートは「双眼鏡があれば、もう少し早く見つけられた」と証言しました。どのくらい早くかと問われると、「よけられるくらいには」と答えています。
一方で、双眼鏡があっても結果は変わらなかったという見方も根強くあります。双眼鏡は見える範囲が狭いため、広い海を見渡して何かを見つけるには、むしろ肉眼のほうが向いているという意見です。イギリスの公式調査も、見張りの体制が不十分だったことは指摘しながらも、双眼鏡は必要なかったと結論づけました。
その夜は月がなく、海は異様なほど穏やかでした。ふつうなら氷山のふもとに白く砕ける波も立たず、氷山は暗い影のようにしか見えなかったと考えられています。双眼鏡があれば事故を防げたのかどうかは、今も議論が分かれています。
小さな鍵が教えてくれること
タイタニック号の事故は、ひとつの原因だけで起きたわけではありません。氷山の警告が届いていたにもかかわらず速い速度で進んでいたこと、救命ボートが乗っていた人全員の分には足りなかったことなど、多くの要因が重なっていました。
大きな事故は、たいてい小さな「たまたま」の積み重ねから生まれる。
1本の鍵の話がこれほど語り継がれるのは、ほんの小さなことが運命を左右したかもしれない、という想像をかき立てるからなのでしょう。