世界最古の文字は?
約5300年前、メソポタミアの粘土板に記された文字が有力です。エジプトもほぼ同時期です。
5300年前
私たちは毎日、あたりまえのように文字を読み書きしています。けれども人類の長い歴史から見れば、文字はごく最近の発明です。言葉を話すようになってから何万年ものあいだ、人々は何も書き残さずに暮らしてきました。
では、人類が初めて文字を書いたのは、いつ、どこでだったのでしょうか。
ウルクの粘土板
最古の文字の候補として真っ先に名前が挙がるのが、現在のイラク南部、メソポタミアの都市ウルクです。その神殿区域から、絵のような記号と数字を刻んだ粘土板が、数千枚まとまって見つかっています。
これらは紀元前3350年から前3000年ごろのもので、研究者は「原楔形文字」と呼んでいます。先のとがった道具で湿った粘土に記号を刻み、押しつけて書くこの文字は、やがてくさび形の線を組み合わせた楔形文字へと発展しました。楔形文字はシュメール語やアッカド語など、いくつもの言語を書き表すために、3000年以上にわたって使われ続けることになります。
最初に書かれたのは「帳簿」
人類最初の文章と聞くと、神への祈りや英雄の物語を想像したくなります。ところが、原楔形文字の粘土板のおよそ85%は、大麦や家畜、配給などを記録した帳簿でした。残りの多くも、職業や物の名前を並べた単語のリストです。
ある粘土板には、大麦の量と「37か月」という期間、そして「クシム」という名前が記されています。名前が記録された人類最初の人物のひとりではないかともいわれますが、個人名ではなく役職名だとする見方もあります。
文字の起源については、それ以前から数千年にわたって使われていた、小さな粘土の「トークン」と結びつける説がよく知られています。穀物や羊の数を、形の違う粘土の粒で数えて管理していた習慣が、やがて粘土板に記号を刻む方法に置き換わり、文字が生まれたというのです。文字は、詩よりも先に、まず「数えて記録する」ための道具として生まれたのかもしれません。
エジプトとの「最古」争い
ただし、「最古の文字はメソポタミア」と言い切るには、ひとつ待ったがかかります。エジプトのアビドスにある初期の王族の墓地で、1980年代末に発掘された「U-j墓」から、ヒエログリフの原型とみられる記号を刻んだ小さな骨や象牙の札が、多数見つかったのです。
この墓は紀元前3300年前後のものとされ、ウルクの最古の粘土板とほぼ同じ時期、見方によってはわずかに古い可能性もあります。発掘した研究者は、一部の記号がすでに音を表していたと主張しています。
その後まもなく、エジプトでは王の名前などを記号で書き記すことが広まっていきます。紀元前3100年前後に作られたナルメル王の化粧板(パレット)には、ナマズとノミをかたどった記号で王の名が刻まれています。
年代測定には数十年から100年ほどの誤差があるため、どちらが先かを決めるのは困難です。両地域でほぼ同時期に文字が現れたという点では多くの研究者の見方が一致していますが、互いに影響し合ったのか、それぞれ独自に生み出したのかについては、今も議論が続いています。
文字は何度も発明された
文字を一から生み出した文明は、ほかにもあります。中国では紀元前13世紀ごろ、殷の王たちが占いの結果を亀の甲羅や牛の骨に刻んでいました。この甲骨文字は、今の漢字の直接の祖先です。中米でも紀元前のうちに独自の文字が生まれ、のちにマヤ文字が高度に発達しました。
さらに古い時代の土器や骨に刻まれた記号も各地で見つかっていますが、それが言葉を書き表した「文字」なのか、持ち主の印や飾りにすぎないのかは、見解が分かれています。どこからを文字と呼ぶのか。その線引きこそが、「世界最古の文字」という問いのいちばん難しいところなのです。
文字の歴史は、何を「文字」と呼ぶかの歴史でもあります。