歯が生え変わるのはなぜ一度だけ?
上下の歯をぴったりかみ合わせて噛む哺乳類には、一度きりの交換が合っていたと考えられています。
35,000本
子どものころ、ぐらぐらする乳歯を舌でつついたり、抜けた歯を屋根の上や縁の下に投げたりした思い出がある人もいるでしょう。人の歯は、20本の乳歯が抜けて、最大32本の永久歯に生え替わります。でも、その交換は一生に一度きり。永久歯を失えば、もう自然には生えてきません。
一方で、何度でも歯が生え替わる動物もいます。なぜ人の歯は、たった一度しか生え替わらないのでしょうか。
何度でも生え替わる動物たち
サメの口の中では、いま使っている歯の後ろに、次の歯が何列にも並んで控えています。前の歯が抜けると、後ろの歯がベルトコンベヤーのように前へ送り出されてくる仕組みです。若いサメは週単位で歯を取り替えることもあり、メジロザメの仲間には、一生のうちに約3万5000本もの歯が抜け替わるものがいるとされます。
ワニも負けていません。アメリカアリゲーターの80本ほどの歯は、それぞれが一生のうちに最大50回ほど生え替わると報告されています。歯の根元には、いつも次の歯が準備されているのです。
魚や爬虫類の多くは、このように歯を何度も取り替えます。むしろ、一度しか生え替わらない私たち哺乳類のほうが、背骨を持つ動物の中では変わり者なのです。
精密なかみ合わせと引き換えに
哺乳類の歯の大きな特徴は、上下の歯がぴったりとかみ合うことです。とくに奥歯は、でこぼこした面どうしがはまり合い、食べ物をすりつぶしたり、細かく切り刻んだりできます。獲物をほとんど丸のみにするワニとは違って、口の中でよく噛んでから飲み込めるのは、このかみ合わせのおかげです。
ところが、精密なかみ合わせは、歯がしょっちゅう抜け替わっていては保てません。そこで哺乳類は、何度も取り替える代わりに、大人の顎に合った丈夫な歯を一度だけ用意する道を選んだと考えられています。生まれてしばらくは母乳で育つので歯がなくても困らないことや、大人になると成長が止まり、顎の大きさが変わらなくなることも、この仕組みと関係しているとみられています。
もっとも、哺乳類にも例外はいます。ゾウは一生のあいだに6組の奥歯を順番に使い、すり減った歯は、後ろから押し出されてくる新しい歯に置き換わっていきます。マナティーも、奥歯が後ろから次々に送り出されてくる仕組みを持っています。
「もう一度生える歯」を目指す薬
では、人の歯をもう一度生やすことはできないのでしょうか。その夢に挑んでいるのが、京都大学の研究から生まれた企業、トレジェムバイオファーマです。
もとになったのは、歯科口腔外科医の髙橋克さんらの研究です。歯のもとになる組織(歯胚)の育ちを抑えているUSAG-1というたんぱく質に注目し、そのはたらきを抗体で妨げると、生まれつき歯が足りない動物で、失われていた歯が生えてくることを確かめました。髙橋さんらは、人の顎にも、永久歯の次に生えるはずだった「第三の歯」のもとが眠っている可能性があると考えています。
この抗体の薬「TRG035」は、2024年秋から京都大学医学部附属病院で、健康な成人を対象に安全性を確かめる最初の治験が行われました。会社は安全性を確認できたとしていますが、詳しい結果はまだ公表されていません。次の段階として、生まれつき永久歯が6本以上欠けている重い先天性の無歯症の子どもを対象にした試験が計画されており、2030年ごろの実用化が目標とされています。虫歯や歯周病で失った歯を生やす薬になるかどうかは、まだこれからの研究しだいです。