涙の成分は気持ちで変わる?
感情の涙はたんぱく質が多いという報告がありますが、追試の結果は一致せず、まだはっきりしていません。
映画のラストシーンでこぼれる涙、目にゴミが入ったときの涙、そして玉ねぎを刻んだときの涙。どれも目からあふれる、しょっぱい水です。
ところが、本やインターネットでは「感情の涙には、ストレスに関わる物質がたくさん含まれている」「だから泣くとすっきりする」といった話をよく見かけます。気持ちによって、涙の中身は本当に変わるのでしょうか。調べてみると、思いのほか答えの出ていない問題でした。
涙には3つの種類がある
涙は、大きく3つに分けられます。
ひとつめは、泣いていなくても常に少しずつ出ている「基礎分泌の涙」です。目の表面をうるおし、守るはたらきをしていて、1日に出る量はおよそ1グラム前後とされています。ふたつめは、ゴミや煙、玉ねぎの成分などの刺激を洗い流すために出る「反射の涙」。そしてみっつめが、悲しみや喜び、感動などの強い感情にともなって出る「情動の涙」です。
涙の主な成分は水ですが、そこには塩分のほか、細菌を壊す酵素のリゾチームや、ラクトフェリンなどのたんぱく質、抗体も溶け込んでいます。目の表面をおおう涙の膜は、外側から油の層、水の層、粘液の層という3層構造になっていると説明されてきました。
1981年、「涙の中身」を比べた実験
情動の涙と反射の涙の違いに注目したのが、アメリカの生化学者ウィリアム・フレイらの研究チームです。1981年に眼科の専門誌に発表した論文では、女性の情動の涙に含まれるたんぱく質の濃さが、刺激によって出た涙より24%高かったと報告しました。
一方で、同じ論文では、たんぱく質の種類の分布には目立った違いが見られなかったとも書かれています。それでも、気持ちによって涙の中身が変わるかもしれないという発想は人々の心をつかみました。やがて、情動の涙にはストレスに関わるホルモンなどが多く含まれ、泣くことで体の外に出しているのではないか、という考えも広く紹介されるようになります。
確かめ直すと、話はそう単純ではない
ところが、この「涙の成分の違い」は、その後の研究で十分に確かめられたとはいえません。涙研究の第一人者として知られるオランダの心理学者アド・フィンガーフーツは、自身も確かめようと試みたものの、検証できていないと語っています。
「泣くとすっきりする」という話も同じです。女子学生たちに泣いたときの記録をつけてもらった研究では、泣いたあとに気分がよくなったと答えた人は3割ほどで、6割は変わらず、1割ほどはかえって悪くなったという結果も報告されています。
2025年には、アメリカの研究チームが、最新の分析技術で涙のたんぱく質を調べた結果を発表しました。感情によって出た涙では、52種類のたんぱく質が多く含まれていたといいます。ただし、調べた情動の涙は6人分だけで、研究チーム自身も「試験的な研究」と位置づけています。情動の涙については研究そのものが少なく、まだわかっていないことが多いのです。
涙は「におい」で何かを伝える?
成分の違いをめぐっては、別の角度からの研究もあります。2011年、イスラエルのワイツマン科学研究所のチームは、女性の悲しみの涙のにおいを男性にかがせると、男性の性的な興奮やテストステロンというホルモンの値が下がったと、科学誌『サイエンス』に発表しました。涙は無臭ですが、何らかの化学的な信号を含んでいる可能性があるというのです。
しかし、2016年に発表された別のチームの追試では、3つの実験のどれでも同じ効果は確認できませんでした。その後、ワイツマン科学研究所のチームは2023年に、涙のにおいをかいだ男性は攻撃的な行動が4割あまり減ったとする研究を発表しています。気持ちが涙の中身にどう表れるのか、研究者たちの議論は今も続いています。