舌の「味覚地図」は本当?
誤りです。舌のどの場所でも、すべての基本の味を感じ取ることができます。
舌の絵が区分けされていて、先端は「甘味」、両脇は「塩味」と「酸味」、いちばん奥は「苦味」。こんな「味覚地図」を、どこかで見たことがある人は多いのではないでしょうか。アメリカでは1990年代の後半になっても、高校の生物の授業で舌の味覚地図を確かめる実験が行われていたといいます。
ところがこの地図は、現在では誤りだとはっきりわかっています。しかも、もとになった研究そのものは、地図のようなことを主張していなかったのです。
はじまりは1901年のドイツ
味覚地図のルーツは、1901年にドイツの研究者ダーヴィト・ヘーニッヒが発表した「味覚の精神物理学」という論文にさかのぼります。ヘーニッヒは、当時知られていた甘味、塩味、酸味、苦味の4つについて、溶液を舌のさまざまな場所につけ、どれくらい薄くても味がわかるか、つまり味を感じ取れる限界の濃さを調べました。
その結果わかったのは、舌のふちのほうが中央より少し敏感であることや、味の種類によって感じやすい場所にごくわずかな差がある、ということでした。ヘーニッヒは、舌のある場所では特定の味しか感じない、とは書いていません。
41年後の「読み違い」
話がねじれたのは、それから41年後の1942年のことです。アメリカの心理学者エドウィン・ボーリングが、心理学の歴史をまとめた本の中で、ヘーニッヒのデータをグラフに描き直しました。このとき、それぞれの味の感じやすさを相対的な値に直して示したため、グラフの山と谷が実際よりも目立つ形になりました。
このグラフを見た後の人たちは、曲線の低いところを「その味を感じない場所」、高いところを「その味を担当する場所」と受け取ってしまいます。「感じやすさのわずかな差」が、いつのまにか「感じるか、感じないか」の違いにすり替わったのです。わかりやすい図は教科書から教科書へと引き写され、世界中に広まっていきました。
舌のどこでも、全部の味がわかる
1974年には、アメリカの研究者ヴァージニア・コリングスがこの問題を改めて調べ直し、どの味も舌のすべての場所で感じられることを確かめました。場所によって感じ取れる限界の濃さに少し差はあっても、はっきり味がわかる濃さになれば、感じる強さに大きな違いはないこともわかっています。
味を感じ取るのは、味蕾(みらい)と呼ばれる小さなつぼみのような器官です。人の舌には平均で2000〜8000個ほどの味蕾があるとされ、舌だけでなく、上あごの奥の柔らかい部分やのどにも散らばっています。味蕾の中の細胞は入れ替わりが早く、寿命は平均10日ほどと見積もられています。
試しに、甘いジュースを綿棒にしみ込ませ、舌の奥や脇にそっとつけてみてください。地図では「苦味担当」のはずの場所でも、ちゃんと甘さがわかるはずです。
地図に載らなかった「うま味」
古い味覚地図には、もうひとつ大きな欠落があります。そこには甘味、塩味、酸味、苦味の4つしか描かれていません。
1908年、東京帝国大学の化学者、池田菊苗(いけだ・きくなえ)は、昆布のだしのおいしさのもとがグルタミン酸であることを突き止め、その味を「うま味」と名づけました。けれども、うま味が基本の味のひとつとして世界で広く認められるまでには長い時間がかかりました。1985年にハワイで開かれた国際シンポジウムで「umami」が学術用語として認められ、2000年代はじめには、舌でうま味を受け取る受容体も相次いで見つかっています。
いま基本の味は、甘味、塩味、酸味、苦味、うま味の5つとされています。そしてうま味もまた、ほかの味と同じように、舌の特定の場所だけでなく広い範囲で感じ取られています。舌に「担当区域」はなかったのです。