筋肉痛は乳酸のせい?
乳酸は運動後1時間ほどで元に戻ります。筋肉痛は、筋肉の小さな傷や炎症によるものと考えられています。
久しぶりに山歩きをした翌日、あるいは翌々日。階段を下りようとしたとたん、太ももに鈍い痛みが走る。そんなとき、「筋肉に乳酸がたまっているんだよ」と言われた経験はないでしょうか。
運動をすると乳酸という物質ができ、それが筋肉にたまって痛みを起こす。この説明は長いあいだ、まるで常識のように語られてきました。ところが、今では多くの研究者が、筋肉痛の主な原因は乳酸ではないと考えています。
乳酸は、痛みが出るころにはもういない
乳酸は、体が糖を分解してエネルギーを取り出すときにできる物質です。激しい運動をすると、筋肉の中や血液中の乳酸は一時的に増えます。
ところが、増えた乳酸は長くとどまりません。多くの研究で、血液中の乳酸の濃さは、運動を終えてから1時間ほどで元のレベルに戻ることがわかっています。
一方、運動の翌日以降にやってくる筋肉痛は、医学では「遅発性筋肉痛」と呼ばれます。痛みがいちばん強くなるのは、運動から24〜72時間後のことが多いとされます。乳酸がすっかり片づいたあとで、痛みがピークを迎えるのです。これでは、乳酸を犯人とするには無理があります。
平らな道と下り坂、痛くなったのは
この疑問を確かめた実験があります。1983年、アメリカの研究チームは、被験者にトレッドミル(ランニングマシン)の上を45分間走ってもらいました。1回は平らな状態で、もう1回は傾きをつけた下り坂の状態です。そして、走っている間の血液中の乳酸と、その後72時間の筋肉痛の様子を調べました。
結果は、はっきりしていました。平らな道を走ったときは乳酸がはっきり増えたのに、その後、目立った筋肉痛は起きませんでした。反対に、下り坂を走ったときは乳酸が一度も増えなかったのに、走った人たちは翌日以降にしっかり筋肉痛になったのです。研究チームは、乳酸と遅発性筋肉痛には関係がないと結論づけました。
カギは「ブレーキをかける」動き
では、なぜ下り坂のほうが筋肉痛になりやすいのでしょうか。カギとなるのは、筋肉の使い方です。
筋肉は、縮みながら力を出すだけでなく、引き伸ばされながら力を出すこともあります。坂や階段を下りるとき、太ももの前の筋肉は、体が沈み込まないように踏ん張りながら伸ばされています。いわばブレーキをかけながら働いている状態です。このような「伸張性収縮」を多く含む運動ほど、筋肉痛が起こりやすいことがわかっています。
筋肉は、細い筋線維が束になってできています。筋線維の中には、さらに細い筋原線維が詰まっていて、そこには「サルコメア」という小さな単位がずらりと並んでいます。引き伸ばされながら力を出すと、このサルコメアの仕切りの部分などに、ごく小さな傷ができることが観察されています。その傷を修復しようとして炎症が起こり、痛みを感じやすくなる、というのが有力な説明です。
ただし、痛みが生まれるまでの細かい仕組みには、まだわかっていない部分も多く残されています。運動の前後にストレッチをしても筋肉痛は防げない、という研究結果も知られています。
乳酸は、むしろ大事なエネルギー源
乳酸の名誉のために付け加えると、乳酸は「疲れのもと」や「ゴミ」とも言い切れません。1985年、アメリカの生理学者ジョージ・ブルックスは、乳酸が体の中で運ばれ、エネルギー源として再利用されるという「乳酸シャトル説」を唱えました。運動中に筋肉でできた乳酸は、心臓やほかの筋肉で燃料として使われたり、肝臓で糖に作り直されたりしているのです。
また、一度筋肉痛になった筋肉は、同じ運動をしても次は痛みが軽くなることが知られています。この守りの効果は少なくとも数週間続き、1年ほどたつとほぼ消えてしまうとされます。久しぶりの運動ほど筋肉痛がつらいのは、このためかもしれません。