ソメイヨシノはみんなクローンって本当?
本当です。接ぎ木で増やされたため、全国の木が遺伝的にほぼ同じ一本の木の分身です。
春になると、天気予報では「桜の開花前線」が北上していく様子が伝えられます。公園や川沿いの桜並木は、ほとんど同じ日に咲き始め、同じころに満開を迎えます。
この予報や開花宣言の目安になっているのは、多くの場合ソメイヨシノです。日本で最もよく見かける桜ですが、実はソメイヨシノには、ほかの多くの植物とは大きく違う特徴があります。日本中に植えられた数えきれないほどの木が、もとをたどればたった一本の木から増やされた「分身」なのです。
江戸の植木職人が広めた桜
ソメイヨシノが生まれたのは、江戸時代の終わりごろとされます。当時、江戸の染井村(現在の東京都豊島区駒込付近)には植木職人が多く住んでいました。この桜は、桜の名所として知られた奈良の吉野山にちなみ、「吉野桜」の名で売り出されたと伝えられています。
ところが吉野山の桜の多くは、ヤマザクラという別の種類です。1900年、上野公園の桜を調べた研究者が両者は違う桜だと気づき、混同を避けるために、染井村の名をとって「染井吉野」と名づけました。
ソメイヨシノの親については、エドヒガンとオオシマザクラという2種類の野生の桜が交雑して生まれたという説が有力です。2019年には、かずさDNA研究所などのチームがソメイヨシノの全ゲノムを解読し、この2種類を祖先にもつ可能性が高いことを示しました。研究チームの推定では、2種類の祖先が分かれたのは約550万年前。それが江戸時代に再び出会って生まれたのが、ソメイヨシノだというのです。
種からはソメイヨシノが生まれない
ソメイヨシノは、自分の花粉では実をつけにくい性質をもっています。ほかの種類の桜の花粉で実ができることはありますが、そこから育つのは、親とは性質の違う別の桜です。つまり、種をまいてもソメイヨシノは増やせません。
そこで使われてきたのが、接ぎ木です。ソメイヨシノの枝を切り取り、別の桜の苗木の幹につないで育てる方法で、こうして育った木は、もとの木とまったく同じ遺伝子をもつクローンになります。明治時代以降、ソメイヨシノは接ぎ木によって全国へ、さらには海外へと広がっていきました。
同じ遺伝子をもつ木は、気温の変化に同じように反応して、同じように花を咲かせます。 同じ地域のソメイヨシノがいっせいに咲きそろうのは、そのためです。開花の予想や観測にソメイヨシノがよく使われるのも、この性質のおかげです。
全国の源流は上野公園に?
では、全国のソメイヨシノのもとになった「原木」はどこにあるのでしょうか。これは長く謎とされてきました。
手がかりを与えたのが、2022年にかずさDNA研究所など16の大学や研究機関が発表した研究です。クローンでも、接ぎ木をくり返すあいだに、ごくわずかな遺伝子の変化が少しずつ積み重なっていきます。研究チームは19都府県に植えられた46本のソメイヨシノを調べ、この小さな違いをもとに家系図のような系統をたどりました。
すると、46本は6つの系統に分かれ、上野恩賜公園の小松宮彰仁親王像のまわりに植えられた4本が、それぞれ別々の系統に属していることがわかりました。この4本が親木となり、接ぎ木で全国に広がった可能性が高いと考えられています。さらに、4本のうち祖先の遺伝子に最も近い1本も特定されました。原木そのものの謎に、一歩近づいたといえます。
クローンゆえの弱み
すべての木が同じ遺伝子をもつことには、弱点もあります。ある病気に弱ければ、全国の木がそろって同じように弱いということです。ソメイヨシノは、枝が異常に密集して花が咲かなくなる「てんぐ巣病」にかかりやすいことで知られています。
そのため、桜の苗木を配る活動を続けてきた日本花の会は、2000年代にソメイヨシノの苗木の配布や販売をやめ、病気に強い別の品種「ジンダイアケボノ」を勧めるようになりました。ただ、「ソメイヨシノの寿命は60年」という話もよく聞きますが、手入れ次第で長く生きることも知られています。青森県の弘前公園には、1882年に植えられたとされる、樹齢140年を超えるソメイヨシノが、今も毎年花を咲かせています。