卓球はなぜ「ピンポン」と呼ばれる?
球を打つ音から生まれた呼び名です。一時はイギリスの用具メーカーの商標にもなりました。
温泉旅館の遊戯室で浴衣のまま打ち合うときは「ピンポン」、オリンピックの中継では「卓球」。同じ競技なのに、日本語には二つの呼び名があります。英語でも事情は同じで、正式には「テーブルテニス」、くだけた場面では「ピンポン」と呼ばれます。
ピンポンという響きは、いかにも球が跳ねる音そのものです。では、なぜ正式な名前にならなかったのでしょうか。そこには、19世紀末のイギリスで起きた、ちょっとした商標の物語がありました。
晩餐のあとの即席テニス
卓球の故郷は、ヴィクトリア朝時代のイギリスです。19世紀後半、上流階級の人々のあいだで、夕食のあとに食卓を使ってテニスのまねごとをする遊びが楽しまれるようになりました。雨で外のテニスができない日の、室内の代用品だったともいわれます。
初めのころは、道具もありあわせでした。テーブルの中央に本を立てて並べてネットにし、別の本をラケットがわりに球を打ち合った、という話も伝わっています。遊びには決まった名前もなく、「ウィフ・ワッフ」など、さまざまな呼び方がありました。
1890年代になると、ロンドンの老舗の遊具メーカー、ジャック社がこの遊びの用具一式を商品として売り出します。そのときの商品名は「ゴッシマ」。いまではほとんど知られていない名前ですが、これが商品化された卓球の、最も初期の姿のひとつでした。
セルロイドの球が鳴らした音
転機になったのは、球の素材でした。1900年前後、イギリスのジェームズ・ギブが、アメリカでセルロイドの球に出会い、これを卓球に持ち込みます。軽くてよく弾むセルロイドの球は、それまでのゴムやコルクの球とはまったく違う、軽快な音を立てました。
ラケットで打てば「ピン」、台で跳ねれば「ポン」。この音から、遊びは「ピンポン」と呼ばれるようになります。ジャック社はこの名前に目をつけ、1901年、「ピンポン」を商標として登録しました。アメリカでの名前の権利は、ボードゲームで知られるパーカー・ブラザーズ社に売られています。
ちょうどこの頃、ピンポンはイギリスで大流行していました。本が書かれ、大会が開かれ、1902年には非公式の世界選手権まで行われたといわれます。
名前が「商品名」になってしまった
ところが、ここで困ったことが起きます。「ピンポン」が特定の会社の商品名になったため、ほかのメーカーは自社の用具をその名前で売ることができません。そこで彼らは、同じ遊びを「テーブルテニス」と呼びました。
競技としての団体づくりが進むと、この問題はさらに大きくなります。イングランドでは1921年に卓球の協会が誕生し、1926年には国際卓球連盟が発足、同じ年にロンドンで第1回の世界選手権が開かれました。競技の正式な名前には、だれでも自由に使えるテーブルテニスが選ばれたのです。
アメリカでは、パーカー・ブラザーズ社が1920年代に商標の権利を強く主張したため、各地の団体はやはり「テーブルテニス」を名乗るようになったとされています。英語圏で「ピンポン」がくだけた呼び名として残り、正式名称にならなかったのは、こうした事情によるものです。アメリカでは現在も、「Ping-Pong」は商標として登録されています。
日本では「ピンポン」から「卓球」へ
日本にこの遊びが伝わったのは、1902年(明治35年)のことです。ヨーロッパ留学から帰国した教育者の坪井玄道が、ネットやラケット、球などの用具を持ち帰り、紹介したとされています。当時の名前は、もちろん「ピンポン」でした。
その後、本場イギリスでテーブルテニスが正式な名前になったのにならい、日本でもそれを訳した「卓球」という呼び名が使われるようになります。「卓」はテーブル、「球」はボール。英語の名前を、漢字二文字でみごとに言い表した訳語です。
卓球がオリンピックの正式種目になったのは、1988年のソウル大会からです。いまや世界中で打ち合われるこの競技も、もとをたどれば食後の食卓で響いた「ピン」「ポン」という軽い音から始まっていました。日本で「ピンポン」と口にするとき、私たちは120年以上前のイギリスの商品名を、知らず知らずのうちに呼んでいるのかもしれません。