パンダの「6本目の指」とは?
手首の骨(橈側種子骨)が大きく伸びた出っ張りで、関節も爪もない、本物の指ではない部分です。
動物園でジャイアントパンダが竹を食べる様子を見ていると、まるで人間が棒を握るように、前足でしっかりと竹をつかんでいることに気づきます。葉をしごき取ったり、太い茎を口元へ運んだりと、その手つきはなかなか器用です。
ところが、パンダの前足の5本の指は、すべて同じ向きに並んでいます。人間の親指のように、ほかの指と向かい合わせにすることはできません。それなのに、どうして物をつかめるのでしょうか。その秘密が、「6本目の指」と呼ばれる不思議な出っ張りです。
指ではなく、手首の骨
パンダの前足の手のひらの親指側には、指のようにぷっくりとふくらんだ部分があります。中に入っているのは、指の骨ではありません。手首にある橈側種子骨(とうそくしゅしこつ)という骨が、大きく伸びたものです。
種子骨とは、腱の中にできる小さな骨のことで、人間のひざのお皿も種子骨の仲間です。多くの動物では目立たない小さな骨ですが、パンダではこれが細長く発達し、肉球に包まれて、手のひらから突き出した「もう1本の指」のようになっています。
ただし、本物の指とは違って、関節がいくつも並んでいるわけでも、爪があるわけでもありません。パンダは、5本の指とこの出っ張りとのあいだに竹をはさむようにして持ちます。そのため、英語では「偽の親指」とも呼ばれています。
じつは「7本目」もあった
パンダの手のしくみは、もうひとつ驚きを隠していました。1999年、日本の解剖学者・遠藤秀紀さんらの研究チームは、パンダの前足をCTやMRIで調べ、立体的な画像をつくって骨の動きを分析しました。
その結果、親指側の橈側種子骨だけでなく、小指側にある副手根骨という手首の骨も出っ張っていて、ふたつが両側から竹をはさむ「ダブル・ピンサー(二重のペンチ)」のようなしくみになっていることがわかったのです。この研究は科学誌『ネイチャー』に発表され、副手根骨のほうを「7本目の指」と呼ぶこともあります。
ありあわせの部品でつくった道具
パンダの偽の親指を有名にしたのは、アメリカの古生物学者スティーヴン・ジェイ・グールドでした。彼は1980年に出したエッセイ集『パンダの親指』の中で、この骨を進化の性質をよく表す例として取り上げています。
もし技術者がゼロから設計するなら、ほかの指と向かい合う本物の親指をつけたはずです。けれどパンダの祖先は、もともと肉を食べるクマの仲間で、親指はほかの指と並んで歩くための足の一部になっていました。進化は白紙から設計し直すことはできず、手元にある骨を少しずつつくり変えていくしかありません。手首の小さな骨を伸ばして間に合わせた「偽の親指」は、その不格好さこそが進化の歴史を物語っている、というわけです。
600万年前からの「親指」
この偽の親指は、いつから使われてきたのでしょうか。2022年、アメリカのロサンゼルス郡立自然史博物館の王暁明(ワン・シャオミン)さんらは、中国・雲南省で見つかった約600万〜700万年前の祖先パンダ、アイルラークトスの化石から、偽の親指の骨を報告しました。これまでに知られている中で、最も古いものです。
意外なことに、化石の偽の親指は、いまのパンダのものより長く、先がまっすぐでした。現在のパンダの骨は短く、先が鉤のように曲がっています。研究チームは、この骨が竹をつかむだけでなく、歩くときに体重を支える役目も担っているためだと考えています。長すぎると歩くのに邪魔になるため、竹をつかむことと歩くことの折り合いをつけた結果、いまの形に落ち着いたのではないか、というのです。
同じように竹を食べるレッサーパンダにも、手首の骨が伸びたよく似た出っ張りがあることが知られています。系統の離れた2種が、それぞれ別の道筋で同じような道具を手に入れたと考えられています。