「サボる」はフランス語から来た?
はい。フランス語の「サボタージュ」を略して動詞にした、大正時代生まれの言葉です。
1919年
「今日の授業、サボっちゃった」。子どもから大人まで、誰もが一度は口にしたことのある言葉です。ひらがなで「さぼる」と書かれることも多く、昔からある日本語だと思っている人もいるかもしれません。
ところが「サボる」は、外国語にそのまま「る」をつけて動詞にした、ちょっと変わった成り立ちの言葉です。もとになったのは、フランス語の「サボタージュ(sabotage)」。しかもその言葉は、もともと労働者たちの闘いの作戦を指していました。
労働争議の作戦だった「サボタージュ」
サボタージュとは、労働者がわざと仕事の能率を落としたり、手を抜いたりして、経営者に圧力をかける戦術のことです。日本語では「怠業」と訳されます。仕事を完全に止めるストライキとは違い、職場にはいながら、仕事の質や量を落とすところに特徴があります。
この意味での sabotage が文書に登場するのは、19世紀末のフランスです。1897年、トゥールーズで開かれた労働組合の全国組織、労働総同盟(CGT)の大会に、アナーキストのエミール・プージェらがこの戦術を勧める報告を提出しました。イギリスの労働者が使っていた「ゆっくりやれ」という意味の合言葉、ca’ canny(カ・カニー)にあたるフランス語として、sabotage という言葉が選ばれたといわれています。
木靴で機械を壊した、は本当?
sabotage のもとになったのは、フランス語で木靴を意味する sabot(サボ) です。そこで、よくこんな話が語られます。「怒った労働者たちが木靴を機械に投げ込んで壊したので、破壊や妨害のことをサボタージュと呼ぶようになった」。
情景が目に浮かぶような話ですが、実際に木靴が機械に投げ込まれたことを示す記録は見つかっていません。英語圏の語源研究者のあいだでは、後からつくられた説明だとする見方が有力です。
では、木靴と仕事の手抜きはどうつながるのでしょうか。フランス語の動詞 saboter には、もともと「木靴でカタカタと音を立てる」という意味があり、そこから「ぞんざいな仕事をする」「へまをする」という意味が生まれていました。木靴を履いた田舎の人は不器用だ、という偏見が背景にあったとも考えられています。労働運動は、この「下手な仕事」を「わざと下手にやる」抗議の手段として取り込んだ、というわけです。
もっとも、日本語の解説では木靴で機械を壊したという説が紹介されることも多く、由来には諸説あるとしておくのが穏当でしょう。
神戸の造船所から流行語に
この言葉が日本で一気に広まったきっかけは、1919年(大正8年)に神戸の川崎造船所で起きた労働争議でした。9月、賃上げなどを求めた労働者たちは、ストライキではなく、職場にとどまって仕事のペースを落とす怠業に踏み切ります。
新聞はこの戦術を「サボタージュ」と報じ、争議は会社側が8時間労働制を打ち出したことで決着しました。日本で初めての8時間労働制として、いまも語り継がれている出来事です。翌1920年には、新聞記者の村嶋歸之がその名も『サボタージユ』という本を著しています。こうして、聞き慣れない外来語は大正の流行語になりました。
「サボ」から「サボる」へ
流行語になったサボタージュは、やがて「サボ」と縮められ、さらに「る」をつけて「サボる」という動詞になりました。それとともに意味も軽くなり、労働争議の戦術から、個人が仕事や授業を怠けることを指す言葉へと変わっていきます。
外来語に「る」をつけて動詞にする言い方は、いまでこそ「ダブる」「ミスる」「ハモる」などたくさんありますが、「サボる」はその早い例のひとつです。本家のフランス語や英語では、sabotage はいまでは主に「破壊工作」や「妨害」を意味します。同じ言葉が、日本では「怠ける」に、欧米では「壊す」に育っていったのは、なんとも面白い分かれ道です。