「ありがとう」の語源は?
古語の「有り難し(ありがたし)」が変化した言葉で、もとは「めったにない」という意味でした。
「ありがとう」は、日本語のなかでもいちばんよく使われる言葉のひとつでしょう。お店でおつりを受け取るとき、道を譲ってもらったとき、家族にお茶をいれてもらったとき。一日に何度口にしているか、数えきれないほどです。あまりに身近すぎて、その成り立ちを考える機会はほとんどありません。
ところが、この言葉をさかのぼっていくと、千年以上前の古典にたどり着きます。しかもそこで使われていた意味は、私たちが思い浮かべる「感謝」とは、少し違うものでした。
「有ることが難しい」という言葉
「ありがとう」のもとになったのは、古語の形容詞 有り難し(ありがたし) です。「有り」は存在すること、「難し」はむずかしいこと。つまり「有ることがむずかしい」、言いかえれば「めったにない」「珍しい」という意味の言葉でした。
この「ありがたし」の連用形「ありがたく」が、「く」が「う」に変わる音の変化(ウ音便)を起こして「ありがたう」となり、やがて発音どおりの「ありがとう」に落ち着きました。「お早く」が「おはよう」になったのと同じ仕組みです。「ありがとうございます」は、この「ありがとう」に丁寧な「ございます」がついた形です。
清少納言の「ありがたきもの」
平安時代の『枕草子』には、「ありがたきもの」という段があります。清少納言はここで、めったにないものとして「しゅうとにほめられる婿」や「しゅうとめにかわいがられるお嫁さん」、さらには「毛がよく抜ける銀の毛抜き」「主人の悪口を言わない従者」などを挙げています。
ここでの「ありがたし」に、感謝の意味はまったくありません。そんなものはなかなか見かけない、という観察眼の鋭いぼやきです。千年前の人も、嫁としゅうとめの仲や、よく抜けない毛抜きに頭を悩ませていたと思うと、なんだか親しみがわいてきます。
「めったにない」が「感謝」に変わるまで
では、「めったにない」がどうして感謝の言葉になったのでしょうか。
ひとつの手がかりは、仏教です。中世になると、仏の慈悲のように、得ようと思ってもなかなか得られない尊いものに対して「ありがたい」と言う使い方が広がっていきました。めったにないからこそ尊く、もったいない。そうした気持ちが、やがて人から受けた親切にも向けられるようになり、感謝を表す意味が育っていったと考えられています。
「ありがとう」と言うとき、私たちは相手の親切を「めったにない、尊いこと」として受け取っているのです。
もっとも、この言葉がすぐに感謝の定番になったわけではありません。古くはお礼の言葉として「かたじけない」などがよく使われていました。「ありがとう」が庶民のあいだで広く使われるようになったのは、江戸時代のことと考えられています。
ポルトガル語「オブリガード」説の真相
ところで、「ありがとう」はポルトガル語の「obrigado(オブリガード)」から来た、という話を聞いたことはないでしょうか。戦国時代に来日したポルトガル人がこの言葉を使い、日本人がまねたのが始まりだ、というものです。音もどこか似ていて、いかにも本当らしく聞こえます。
しかし、これは根拠のない俗説です。ポルトガル人が種子島に漂着したのは16世紀半ばのこと。それより500年以上も前に、清少納言はすでに「ありがたし」と書いていました。日本語のなかで「ありがたし」から「ありがとう」へと形と意味が移り変わっていった道筋もたどれるので、外国語を持ち出す必要はないのです。
ちなみに obrigado は、もともと「恩義を受けた」「義理がある」という意味の言葉です。英語の「much obliged」に近い発想で、「めったにない」から生まれた「ありがとう」とは成り立ちがまったく異なります。たまたま音が少し似ていて、どちらも感謝の言葉だった。その偶然が、魅力的な俗説を生んだのでしょう。
もちろん、ポルトガル語から日本語に入った言葉は実際にあります。パン、カルタ、ボタンなどがその例です。本物の外来語がたくさんあるからこそ、「ありがとう」もそのひとつだと思われやすいのかもしれません。