電話の「もしもし」はなぜ2回?
「申し(もうし)」を重ねた呼びかけが縮まった言葉で、電話の発明より300年近く前からありました。
電話が鳴って受話器をとる。あるいはスマートフォンの画面をタップする。そして「もしもし」。日本で電話をかけたり受けたりするとき、もっともよく聞くひとことでしょう。
でも、ふだんの会話で「もし」とだけ言うことはほとんどありません。なぜ電話では、決まって2回くり返すのでしょうか。そもそも「もし」とは何なのでしょうか。
「申し」を重ねた呼びかけ
「もしもし」のもとになったのは、「申し(もうし)」という呼びかけの言葉です。「申す」は「言う」をへりくだった言い方で、「申し」は「ちょっと申し上げます」「失礼ですが」といった気持ちで人に声をかけるときの言葉でした。これを2回重ねた「申し申し(もうしもうし)」が縮まって、「もしもし」になったのです。
驚くのは、その古さです。『日本国語大辞典』は、1591年に刊行されたキリシタン版の書物に、ローマ字で「moximoxi(モシモシ)」と書かれた例を挙げています。つまり「もしもし」は、電話が発明されるより300年近くも前から、人に呼びかける言葉として使われていたのです。
いまでも、道で落とし物をした人を呼び止めるときなどに「もしもし」と言うことがあります。こちらのほうが、本来の使い方に近いわけです。
電話局の「おいおい」から「もしもし」へ
日本で電話の交換業務が始まったのは、1890年(明治23年)12月16日、東京と横浜の間でのことでした。当時の電話は、交換手が手作業で回線をつなぐしくみです。
電話が始まったばかりのころ、呼びかけには「おいおい」がよく使われていたと伝えられています。当時の新聞の小話にも、電話口で「オイ」と呼びかける場面が見られます。けれども、相手の顔が見えない電話で「おいおい」では、いかにも乱暴です。
やがて1898年(明治31年)ごろには、交換手の側から「もしもし」と呼びかける決まりがあったことが、新聞の記事からうかがえます。「オイオイと言ったら、交換局の女性に『オイオイではいけない、モシモシと言え』と注意された」という読者の投書も残っているとされます。丁寧な「もしもし」は、交換手から利用者へと広まっていったようです。1903年に発表された尾崎紅葉の小説には「電話の口切ぢゃないが、もしもしと言ひたいね」というせりふがあり、このころには**「もしもし」がすっかり電話の第一声**になっていたことがわかります。
2回くり返すのはなぜ?
では、なぜ2回なのでしょうか。
ひとつ確かなのは、「申し申し」という重ねた形が、電話よりずっと前からあったことです。「おいおい」「これこれ」のように、日本語には呼びかけの言葉を重ねて使う習慣があります。1回だけよりも、相手の注意を引きやすいからでしょう。
それに加えて、初期の電話は雑音が多く、声が聞き取りにくかったので、くり返すことで確実に伝えようとした、という説明もよく聞かれます。いまでも、電波の状態が悪いと「もしもし? もしもし?」と何度も呼びかけてしまいます。声が届いているかを確かめる言葉として、くり返しはぴったりだったのです。
狐は「もしもし」と言えない?
もうひとつ、よく知られた話があります。狐や化け物は「もし」を1回しか言えないので、2回くり返して言えば、自分が人間だと証明できる、というものです。
この話の背景には、実際の言い伝えがあります。民俗学者の柳田国男は、佐賀地方の古風な人たちは、人を呼ぶときに必ず「モシモシ」と言い、「モシ」とひと言だけ呼んでも相手は返事をしてくれなかった、狐ではないかと疑われないためだ、と書き残しています。
とはいえ、この言い伝えと電話の「もしもし」を直接結びつける資料は見つかっていません。電話の「もしもし」は、交換手の丁寧な呼びかけから広まったと考えるのが自然です。狐の話は、あくまで「もしもし」にまつわる俗説のひとつとして楽しむのがよさそうです。