「一か八か」の語源は?
江戸時代の賭け事から生まれたとされます。「丁か半か」の字の上部をとった説など諸説あります。
「こうなったら一か八か、やってみよう」。結果がどうなるかわからないけれど、思い切って勝負に出る。そんな場面で使われるのが「一か八か」です。
でも、あらためて考えてみると不思議な言葉です。なぜ「一」と「八」なのでしょうか。しかも「八」を「はち」ではなく「ばち」と読みます。この言葉の生まれについては、いくつかの説があり、どれもが江戸時代の賭け事の世界につながっています。
300年以上前から使われていた
まず、この言葉がどれくらい古いのかを確かめておきましょう。
国語辞典によると、「一か八か」は江戸時代の中ごろにはすでに使われていました。古い例として挙げられているのが、1714年に成立した近松門左衛門の浄瑠璃『嵯峨天皇甘露雨』です。近松門左衛門は、『曽根崎心中』や『国性爺合戦』で知られる、江戸時代を代表する劇作家です。1738年の浄瑠璃『小栗判官車街道』にも使われた例があります。浄瑠璃は、当時の庶民が楽しんだ人形芝居の語り物ですから、このころには観客にも通じる言葉になっていたのでしょう。
「丁」と「半」の頭をとった説
よく知られている説のひとつが、「丁か半か」から来たというものです。
「丁半(ちょうはん)」は、江戸時代にさかんだったサイコロ賭博です。壺に入れて振ったサイコロの目の合計が、偶数なら「丁」、奇数なら「半」。客はどちらかに賭けて勝負します。結果は丁か半かの二つに一つ。勝つか負けるかがはっきり分かれるところは、まさに「一か八か」の勝負の感覚そのものです。時代劇で「さあ、張った張った! 丁か半か!」という場面を見たことがある人もいるでしょう。
この説では、「丁」と「半」という漢字の上の部分に注目します。「丁」の上の横棒は「一」、「半」の上の部分は、点が二つ並んだ形が「八」に見えます。つまり「丁か半か」の頭の部分だけを取り出して、「一か八か」になったというわけです。漢字の形を使った、しゃれのような説明です。
「一か罰か」だった説
もうひとつの有力な説が、もとは「一か罰か(いちかばちか)」だったというものです。
サイコロを振って、「一」の目が出れば勝ち、それ以外が出れば負け、という賭けを考えてみてください。「一」が出るか、さもなくば「罰(ばち)」が当たるか。勝負の行方を表したこの言い回しが、のちに「一か八か」と書かれるようになったというのです。
この説の強みは、「八」を「ばち」と読む理由を説明できることです。「八」はふつう「はち」と読みますから、「ばち」と濁るのは少し不自然です。もとが「罰(ばち)」だったと考えれば、すっきり説明がつきます。
どれが正解かはわからない
このほかにも、カルタを使った賭博から来たとする説もあります。いずれの説も、賭け事の世界から生まれたという点では共通していますが、どれが正しいかを決める確かな証拠はありません。辞書でも複数の説を並べて紹介するのがふつうで、**「諸説あり」**というのが正直なところです。
似た意味の言葉には「のるかそるか(伸るか反るか)」などもありますが、勝負の手ざわりがこれほど生々しく伝わる言い回しは、なかなかありません。
どの説が正しいにせよ、「一か八か」という言葉が、運を天にまかせる賭け事の緊張感をそのまま伝えていることは確かです。サイコロが転がるあいだの、あの息をのむような一瞬が、300年たったいまも、私たちの口ぐせのなかに生きているのです。