「ホッチキス」は人の名前?
はい。アメリカの文具メーカー「E・H・ホッチキス社」の社名が、そのまま道具の名前になりました。
1903年
会議の資料、学校のプリント、レシートの束。紙を何枚か重ねてパチンと綴じるあの道具を、多くの人は「ホッチキス」と呼んでいます。あまりに身近なので、日本語の言葉のような気さえしてきます。
ところが、英語圏で「ホッチキス」と言っても、まず通じません。英語での一般的な呼び名は「ステープラー(stapler)」です。では、日本の「ホッチキス」はどこから来たのでしょうか。
刻まれていた「HOTCHKISS」
ホッチキスという名前は、もともとアメリカの人の名字です。19世紀の終わり、アメリカ東部のコネチカット州に、ジョージ・ホッチキスと息子のE・H・ホッチキスが経営する「E・H・ホッチキス社」という会社がありました。この会社が1890年代後半から売り出したのが、針をまとめて装填して連続で綴じられる「Hotchkiss No.1」というステープラーです。
日本でこの種の道具が初めて売られたのは、1903年(明治36年)のこととされます。大阪の伊藤喜商店(いまのイトーキ)がアメリカから輸入した製品で、本体には「HOTCHKISS No.1」という文字が刻まれていました。
まだ決まった呼び名もない時代です。誰が言い出したというわけでもなく、本体に書かれた文字のとおりに「ホッチキス」と呼ばれるようになった、と考えられています。メーカーの名前がそのまま道具の名前になった、いわば普通名詞化した商標のひとつです。
こうした例は、身のまわりにほかにもあります。セロハンテープを「セロテープ」と呼ぶのも、もとはニチバンの商品名から来ています。ホッチキスの場合は、それが海の向こうの会社の名前、さらにさかのぼれば一家の名字だった、というわけです。
機関銃の技術者が考えた?
ホッチキスの由来としては、もうひとつ有名な話があります。アメリカ出身の兵器技術者ベンジャミン・ホッチキスが、機関銃に弾を送りこむ仕組みを応用してホッチキスを発明した、というものです。弾が次々に送られる様子と、針が次々に打ち出される様子が重なって、いかにも本当らしく聞こえます。
ベンジャミン・ホッチキスが実在の人物であることは確かです。彼は銃身を束ねて回転させながら撃つ機関砲などを考案し、フランスに兵器会社を興しました。その会社はのちに、ホッチキスの名を冠した機関銃でも知られるようになります。
しかし、文房具の発明者という話には無理があります。ベンジャミン・ホッチキスは1885年に亡くなっていて、E・H・ホッチキス社ができたのは、その10年ほど後のことです。二人は同じホッチキス家の血を引いてはいるものの、何代もさかのぼらないと共通の祖先にたどり着かない、遠い親戚にすぎなかったことがわかっています。
文房具の研究家による調査では、この「機関銃説」は英語の資料にはほとんど見られず、日本で広まった話らしいとされています。名字が同じだったことから、いつのまにか二人の話が結びつけられてしまったのでしょう。
正式名称は「ステープラ」
いまの日本で、ホッチキスの呼び名はひとつに決まっているわけではありません。日本産業規格(JIS)での名前は「ステープラ」で、新聞やNHKでは「ホチキス」と書くのが一般的です。お店や家庭では「ホッチキス」がいちばんよく使われています。
ホッチキスが「ひとり1台」の道具になったのは、戦後のことです。1952年、のちのマックスとなる会社などが共同で、手のひらに収まる小型の「SYC・10」を発売しました。「10」は10号の針を使うことを表しています。それまで事務所に1台あればよかった道具が、この製品をきっかけに誰もが手元に置く文房具へと変わっていきました。