月はどうやってできた?
原始の地球に火星ほどの天体が衝突し、その破片から生まれたとする説が有力です。
382kg
月は、人類がいちばんよく知っている天体といっていいでしょう。満ち欠けをもとに暦をつくり、模様にうさぎの姿を見立て、ついには12人の宇宙飛行士がその上を歩きました。
それなのに、「月はどうやって生まれたのか」という問いには、いまも完全な答えが出ていません。現在もっとも有力とされているのは、まるで映画のワンシーンのような、壮絶な衝突の物語です。
かつての3つの説
20世紀の半ばまで、月の起源については大きく3つの説がありました。
ひとつは「分裂説」です。進化論で知られるチャールズ・ダーウィンの息子で、天文学者のジョージ・ダーウィンが1879年に唱えたもので、生まれたばかりの地球が猛烈な速さで自転し、その一部がちぎれて月になったという考えです。2つめは「捕獲説」で、よそで生まれた天体が、地球の重力につかまったというもの。3つめは「兄弟説」で、地球と月は同じ材料から、並んで一緒に生まれたという考えでした。
どの説にも決め手はなく、議論は長く続きました。その状況を大きく変えたのが、アポロ計画です。
宇宙飛行士が持ち帰った石
1969年から1972年にかけて、アポロ計画の6回の月面着陸で、合わせて約382キロの月の石や砂が地球に持ち帰られました。それを詳しく調べると、意外なことがわかってきます。
まず、月の岩石に含まれる酸素の同位体(重さがわずかに違う原子)の割合が、地球の岩石とほとんど同じでした。太陽系の天体は、生まれた場所によってこの割合が少しずつ違うと考えられています。つまり月と地球は、きわめて近い材料からできているのです。これは、よそから来た天体をつかまえたとする捕獲説には不利な結果でした。
一方で、月の石には水や、熱で蒸発しやすい成分がとても少なく、まるで一度高温で焼かれたかのようでした。さらに、かつて月の表面全体がどろどろに溶けた「マグマの海」に覆われていたらしいこともわかってきます。月には地球のような大きな鉄の核がほとんどないことも知られていて、これらをまとめて説明するのは、分裂説や兄弟説では難しいことでした。
火星サイズの天体「テイア」
こうした手がかりをもとに、1970年代半ばに提案されたのが「ジャイアント・インパクト説(巨大衝突説)」です。1975年にはウィリアム・ハートマンとドナルド・デイビスが、1976年にはアラステア・キャメロンとウィリアム・ウォードが、それぞれこの考えを発表しました。
筋書きはこうです。太陽系ができて間もない約45億年前、生まれたばかりの地球に、火星ほどの大きさの天体がぶつかりました。衝突のエネルギーで岩石が溶けたり蒸発したりして、地球のまわりに飛び散ります。その破片が円盤のように地球を取り巻き、やがて集まって月になった――というものです。
飛び散ったのは主に鉄の少ない外側の岩石なので、月には鉄が少ない。高温にさらされたので、蒸発しやすい成分が乏しい。この説は、アポロの石が示した特徴を、すっきりと説明できました。1984年にハワイのコナで開かれた学会をきっかけに広く支持されるようになり、今では月の起源の標準的なシナリオとなっています。
ぶつかった天体には、のちに「テイア」という名前がつけられました。ギリシア神話で、月の女神セレネの母とされる女神の名前です。
似すぎているという謎
ところが研究が進むにつれて、新たな謎も浮かび上がってきました。多くのシミュレーションでは、月の材料の大部分は地球ではなくテイアに由来することになります。それなら月の石には、地球とは少し違う「テイアらしさ」が残っているはずでした。しかし実際には、酸素だけでなくチタンなどの同位体の割合まで、月と地球はほとんど区別がつかないほど似すぎていたのです。
この謎を解こうと、さまざまな改良版のシナリオが提案されています。衝突がもっと激しく、地球とテイアの物質がいったん高温の蒸気となって混ざり合ったとする説。1回の大衝突ではなく、もっと小さな衝突が何度もくり返され、そのたびにできた小さな月が合体したとする説。テイアの材料が、もともと地球によく似ていたと考える研究者もいます。2023年には、地球の奥深くのマントルにある巨大な異常領域が、沈み込んだテイアの名残ではないかとする研究も発表されました。
「大きな天体がぶつかって月ができた」という大筋には多くの研究者が同意していますが、その細部は、いまも書き換えられている途中なのです。