冥王星はなぜ惑星でなくなった?
2006年に惑星の定義が決まり、軌道上のほかの天体を一掃していない冥王星は「準惑星」になりました。
「水金地火木土天海冥(すいきんちかもくどってんかいめい)」。太陽系の惑星をこう覚えた人も多いでしょう。ところが今の教科書では、最後の「冥」がなくなっています。2006年、冥王星は惑星の仲間から外れ、「準惑星」という新しい分類に移されたのです。
冥王星そのものが小さくなったり、消えたりしたわけではありません。変わったのは、人間の側の「惑星とは何か」という物差しでした。
1930年、待望の「第9惑星」
冥王星が見つかったのは1930年2月18日のことです。アメリカ・アリゾナ州のローウェル天文台で、若い観測助手クライド・トンボーが、数日おいて撮影した2枚の星空の写真を見比べ、位置がわずかに動いている小さな点を発見しました。
名前の「プルート(Pluto)」は、ローマ神話の冥界の王に由来します。この名前を提案したのは、イギリス・オックスフォードに住む11歳の少女ヴェネシア・バーニーでした。日本語の「冥王星」という訳語は、星の随筆家として知られる野尻抱影(のじり・ほうえい)が考えたものとされています。
思っていたより、ずっと小さかった
発見当初、冥王星は地球ほどの大きさがあるかもしれないと考えられていました。ところが観測が進むにつれて、その推定はどんどん小さくなっていきます。
1978年に衛星カロンが見つかると、その動きから冥王星の質量を正確に求められるようになりました。結果は、水星のおよそ25分の1。地球の月よりも軽い天体だったのです。2015年に探査機ニュー・ホライズンズが接近して測ったところ、直径は約2370キロメートルでした。地球の月の直径の3分の2ほどです。
さらに1990年代になると、海王星の外側に、冥王星と似た氷の小天体がいくつも見つかり始めました。冥王星は、ぽつんと孤立した惑星ではなく、「太陽系外縁天体」と呼ばれる天体の大集団の一員だったのです。
決定打となった「争いの女神」
そして2005年、ついに決定的な発見が発表されます。アメリカの天文学者マイク・ブラウンらのチームが、冥王星よりも遠くを回る、冥王星と同じくらいの大きさの天体を見つけたのです。当初は冥王星より大きいとさえ考えられました。
冥王星が惑星なら、この天体も惑星と呼ぶべきでしょう。でも、同じような天体がこれからも次々に見つかったら、惑星はいくつになるのか。天文学者たちは、ついに「惑星とは何か」をはっきり決めなければならなくなりました。
この天体は、のちにギリシア神話の争いと不和の女神にちなんで「エリス」と名づけられます。天文学界に大論争を巻き起こしたことにかけた、なんとも皮肉の効いた命名でした。
惑星の3つの条件
2006年8月24日、チェコのプラハで開かれた国際天文学連合(IAU)の総会で、惑星の定義が採択されました。惑星とは、次の3つをすべて満たす天体です。
太陽のまわりを回っていること。自分の重力で丸い形になれるだけの質量があること。自分の軌道のまわりから、ほかの天体を一掃していること。
冥王星は、最初の2つは満たしています。しかし3つ目が問題でした。冥王星の軌道の付近には、太陽系外縁天体がたくさん回っていて、冥王星はその中で飛び抜けた存在とはいえないのです。ある研究者の見積もりでは、地球の質量は、軌道の近くにあるほかの天体の合計の約170万倍。それに対して冥王星は、0.1倍にも届きません。
こうして冥王星は、エリスなどとともに**「準惑星」**に分類されました。投票に参加した天文学者は400人あまりで、世界の天文学者のごく一部だったこともあり、この決定には今も異論があります。ニュー・ホライズンズ計画を率いた惑星科学者アラン・スターンは、地球や木星の軌道付近にも小惑星が残っているとして、3つ目の条件そのものを批判しています。
ちなみに、ニュー・ホライズンズの観測では、冥王星の直径はエリスをわずかに上回ることがわかりました。ただし質量はエリスのほうが3割近く大きく、「どちらが大きいか」も物差しによって答えが変わります。