天気雨をなぜ「狐の嫁入り」と言う?
晴れているのに雨が降る不思議さを、狐に化かされたようだと感じたから、など諸説あります。
よく晴れた日に、ふと頬に雨粒が当たる。見上げても空は青く、日差しはまぶしいまま。そんな雨を、私たちは「天気雨」と呼んだり、「狐の嫁入り」と呼んだりします。気象情報会社ウェザーニューズのアンケートでは、全国では「天気雨」派が54%、「狐の嫁入り」派が44%でしたが、関西に限ると「狐の嫁入り」派が83%を占めたそうです。
それにしても、晴れた空から降る雨と、狐の結婚式。いったい何の関係があるのでしょうか。
もとは夜の山に連なる「狐火」だった
実は「狐の嫁入り」という言葉には、天気雨のほかにもうひとつの意味があります。夜の山や野原に、怪しい火がいくつも列をなして見える現象です。
江戸時代ごろまで、嫁入りは夕方から夜にかけて行われることが多く、花嫁の一行は提灯をともして行列をつくりました。闇のなかに点々と連なる「狐火」が、その提灯の列にそっくりだったことから、これは狐が嫁入りをしているのだ、と考えられたといいます。越後(いまの新潟県)の地誌には、提灯やたいまつのような火が一里あまりも途切れずに続いて見えることがある、と記されています。
なぜ天気雨が狐の嫁入りに?
では、天気雨のほうはどうでしょうか。こちらには、いくつかの説が伝わっています。
よく知られているのは、晴れているのに雨が降るという「ありえない」ことが起こるのは、まるで狐に化かされているようだから、という説です。人を化かすのは狐の得意技でした。ほかにも、狐が自分たちの嫁入り行列を人間に見られないよう、雨を降らせて人を遠ざけているのだ、という説もあります。どれが正しいと決められるものではありませんが、いずれも不思議な現象の裏に狐の姿を見ていた点では共通しています。
18世紀前半に初演された人形浄瑠璃にも、天気雨と狐の嫁入りを結びつけたせりふがあるとされ、この見立てが江戸時代には広く知られていたことがうかがえます。葛飾北斎も、日の照る空の下を進む狐の嫁入り行列と、あわてて作物を取り込む村人たちを一幅の絵に描いています。
土地によって変わる呼び名
呼び名や言い伝えは、地域によってさまざまです。天気雨を「狐雨」と呼ぶところもあれば、「狐の祝言」「狐の嫁取り」と呼ぶところもあります。熊本県では虹が出たとき、愛知県では霰(あられ)が降ったときを狐の嫁入りと結びつける言い伝えもあるそうです。
関西で特にこの呼び名が親しまれている理由として、狐が身近な存在だったことが挙げられます。京都の伏見稲荷大社をはじめ、稲荷の神の使いとされる狐は人々の暮らしの近くにいました。冬の寒い時期に、狐のために油揚げや赤飯を野山に置いてまわる「寒施行」という風習も、関西を中心に伝わっていました。それだけ身近な狐だからこそ、奇妙な空模様も狐のしわざに見えたのかもしれません。
狐との近さは、関西に限った話ではありません。江戸でも、王子稲荷には大晦日の夜に関東じゅうの狐が集まり、狐火をともして参詣するという言い伝えがありました。
世界の天気雨も、動物の結婚式
もちろん、天気雨そのものには科学的な説明があります。雨雲が消えたり流されたりしたあとに雨粒だけが遅れて地上に届く場合や、頭上の小さな雨雲が太陽をさえぎらない場合、強い風に運ばれた雨が晴れた場所に降る場合などです。
面白いのは、この現象を動物の結婚式にたとえる文化が、日本の外にもあることです。韓国では天気雨の日を「狐が嫁入りする日」や「虎が結婚する日」と呼び、南アフリカでは「猿の結婚式」と呼ぶそうです。晴れと雨という、本来いっしょになるはずのないものが同時に起こる。その不思議さを婚礼にたとえる発想は、遠く離れた土地でも、ふしぎと似通っているのです。