飛行機はなぜ飛べる?
翼が空気を下向きに押し曲げ、その反作用と上下の圧力差によって揚力が生まれるからです。
1903年
大型の旅客機は、乗客や燃料を満載すると、重さが数百トンにもなります。それほど重いものが、エンジンの力で前へ進むだけで、するりと空に浮かび上がる。何度乗っても、考えてみると不思議な光景です。
飛行機が飛べるのは、翼が「揚力」という上向きの力を生み出すからです。ここまではよく知られています。では、その揚力はどうやって生まれるのでしょう。子どものころに聞いた説明を思い出してみると、そこには有名な勘違いが潜んでいます。
「上と下で同時に着く」は間違い
よく語られてきた説明は、こうです。翼の断面は上側がふくらんでいるので、上を通る空気は下を通る空気より長い距離を進まなければならない。前の端で分かれた空気が後ろの端で同時に合流するには、上の空気のほうが速く流れる必要がある。流れが速いほど圧力は下がる(ベルヌーイの定理)ので、翼は上へ吸い上げられる――。
筋が通っているように聞こえますが、「同時に合流する」という部分には物理的な根拠がありません。空気の粒が、途中で別れた相棒と後ろで待ち合わせる理由はないからです。イギリス・ケンブリッジ大学のホルガー・バビンスキー教授は、翼のまわりに煙を流して撮影し、上側を通った空気が下側の空気よりもずっと早く後ろの端に到達することを示しました。上の空気は、つじつま合わせに必要な速さをはるかに超えて流れているのです。
しかもこの説明に従うと、上下が対称な翼や、薄い板のような翼では揚力が生まれないことになります。けれども実際には、平らな翼の紙飛行機もちゃんと飛んでいきます。
翼は空気を下へ押し曲げている
では、本当のところはどうなっているのでしょうか。鍵になるのは、翼が少しだけ上を向いて空気に当たっていること(迎え角)と、翼の形によって、まわりの空気の流れが下向きに曲げられることです。
翼を通り過ぎた空気は、全体として斜め下へ流れていきます。空気を下へ押せば、その反作用で翼は上へ押し返される。ニュートンの運動の法則で考えると、こう説明できます。一方、流れが曲げられるとき、翼の上側では圧力が下がり、下側では圧力が上がります。この圧力の差が翼を押し上げる、と見るのがベルヌーイの定理を使った説明です。
「空気を下へ押すから」と「上下に圧力の差があるから」は、対立する説ではなく、同じ現象を別の角度から眺めたものです。
ただし、なぜ空気がそのように曲がるのかを、数式を使わずにどこまで正確に言い表せるかについては、専門家のあいだでも説明の仕方をめぐる議論が続いています。計算すれば揚力は精度よく求められ、飛行機の設計に困ることはありません。それでも「ひとことで言うと」が難しいのが、揚力という力なのです。
さかさまでも飛べる理由
迎え角の大切さは、曲技飛行を見るとよくわかります。曲技機は、機体をひっくり返したまま水平にまっすぐ飛ぶ「背面飛行」ができます。上側がふくらんだ形でなければ揚力が生まれないのなら、これは不可能なはずです。
背面飛行のとき、パイロットは機首を少し空のほうへ向け、さかさまになった翼にも空気が下から当たるようにしています。翼の向きさえ適切なら空気は下へ曲げられ、機体を支える力が生まれるのです。曲技機の多くが、上下対称に近い断面の翼を使っているのもこのためです。
もちろん、旅客機の翼の上側がふくらんでいるのには意味があります。少ない抵抗で効率よく揚力を生むための工夫です。形は効率を、角度は揚力の大きさを左右している、と考えるとわかりやすいかもしれません。
12秒、36メートルから始まった
揚力の研究は19世紀にかなり進んでいましたが、それを人を乗せた動力飛行に結びつけたのが、アメリカのライト兄弟です。1903年12月17日、ノースカロライナ州キティホーク近くの砂丘で、弟のオーヴィルが操縦するライトフライヤー号が、約12秒間、およそ36メートルを飛びました。この日は4回飛び、最後の兄ウィルバーの飛行は59秒、約260メートルに達しています。
兄弟の成功を支えたのは、手作りの風洞を使った地道な実験でした。先人たちの揚力のデータに誤りがあることに気づいた2人は、200種類ほどの翼の模型を試して測り直したとされています。さらに、翼をねじって機体の傾きを操る仕組みを考え出し、ただ浮かぶだけでなく、空中で「操る」ことを可能にしました。