ミツバチはダンスで会話する?
はい。巣の中で8の字に踊り、花のある方角を角度で、距離をお尻を振る時間で仲間に伝えます。
1973年
花畑でみつを集めていたミツバチが、巣に戻ってきます。すると間もなく、仲間たちが次々と同じ花畑へ飛んでいきます。まるで「あそこにいい花があったよ」と教えてもらったかのようです。
実際、ミツバチは教えているのです。ただし言葉ではなく、ダンスで。巣の中で繰り広げられる小さな踊りには、花のある方角と距離が、地図のような正確さで書き込まれています。
8の字に込められた道案内
みつや花粉のありかを見つけて帰ってきた働きバチは、巣の中の垂直に立った巣板の上で踊り始めます。代表的なのが「尻振りダンス」とも呼ばれる8の字ダンスです。
まず、お尻を左右に激しく振りながらまっすぐ進みます。次に右か左へぐるりと回って出発点に戻り、またお尻を振りながら直進。今度は反対側に回って戻ります。これを繰り返すと、全体として8の字を描くことになります。1回の踊りで、この周回を数回から100回以上も繰り返すことがあります。
花がすぐ近くにある場合は、お尻をあまり振らずにくるくると回る「円形ダンス」になるとされています。どのくらいの距離で踊り方が切り替わるかは、ミツバチの種類や研究によって違いがあります。
角度は方角、時間は距離
8の字ダンスで大切なのは、お尻を振りながら進む直進部分です。この直進の向きが、花のある方角を表しています。
巣の中は真っ暗で、太陽は見えません。そこでミツバチは、巣板の「真上」を太陽の方向に見立てます。真上に向かって直進すれば「太陽の方向へ飛べ」、真上から右に60度傾いて直進すれば「太陽から右に60度ずれた方向へ飛べ」という意味になります。空の上の角度を、重力を基準にした巣板の上の角度に置き換えて伝えているのです。太陽は時間とともに動いていきますが、ダンスの角度もそれに合わせて変わっていくとされています。
一方、距離はお尻を振りながら進む時間で表されます。遠い花ほど、直進部分が長くなるのです。セイヨウミツバチでは、おおよそ1秒の尻振りがおよそ1キロメートルに当たるといわれます。ただし、この関係はきれいな比例ではなく、1キロを超えると伸び方がゆるやかになることが報告されています。また、ミツバチは飛んだ距離そのものではなく、飛んでいるあいだに目に映る景色の流れ具合から距離を見積もっているため、周りの景色によって「目盛り」がずれることもあります。
暗闇の中で、仲間たちはどうやって踊りを読み取るのでしょうか。踊り手のすぐ後ろについて回り、触角で体に触れたり、羽を震わせて出す振動や音を感じ取ったりして、情報を受け取っていると考えられています。
フリッシュの発見と、長い論争
このダンスの意味を解き明かしたのが、オーストリア生まれの動物学者カール・フォン・フリッシュです。彼は長年ミツバチを研究し、1920年代にはダンスについての研究を発表、その後も観察と実験を重ねて、ダンスの角度が太陽の方角を、尻振りの長さが距離を表していることを突き止めていきました。この業績などが認められ、1973年、動物行動学の先駆者であるコンラート・ローレンツ、ニコ・ティンバーゲンとともにノーベル生理学・医学賞を受けています。
ただ、昆虫が記号のような「言葉」を使うという考えは、あまりに大胆でした。1960年代には、ミツバチは踊りの情報ではなく、踊り手の体についた花のにおいを頼りに花を探しているだけだ、という反論も出されました。
論争に決着をつけたのは、技術の進歩です。2005年、イギリスの研究チームが、ミツバチの背中に小さなアンテナをつけてレーダーで飛び方を追跡し、科学誌『ネイチャー』に発表しました。ダンスを見た働きバチは、踊りが示した方角と距離のあたりを目指して飛んでいたのです。
踊りは見て覚える
ミツバチのダンスは、生まれつき完璧に踊れるものだと考えられてきました。ところが2023年、中国とアメリカの研究チームが科学誌『サイエンス』に、意外な結果を発表しています。
先輩の踊りを見る機会を与えられずに育ったミツバチは、初めて踊ったとき、角度のずれが大きく、距離を長めに伝えてしまい、踊りの形も乱れがちでした。正確な道案内には、先輩の踊りから学ぶことが欠かせないらしいのです。小さな昆虫の会話にも、「見習い期間」があったわけです。